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勝手に目利き
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雨にもまけず粗茶一服
雨にもまけず粗茶一服
【マガジンハウス】
松村栄子
定価 1,995円(税込)
2004/7
ISBN-4838714491
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  川合 泉
  評価:A
   茶道の家元を継ぐのが嫌で家出した遊馬。しかし、自分の素性を隠したまま、ひょんなことからお茶の教室を営む家に居候することとなってしまう。遊馬の化けの皮は、果たしていつはがれるのか!?
堅苦しくなくお茶の世界に触れられ、読めば得した気分になります。家宝の茶杓を売ろうとしたり、お金を稼ぐ目的で托鉢を始めたりするちゃらんぽらんな遊馬が、いろんな人と出会う中で、少しづつ成長していく様が見もの。脇を固める登場人物達もかなり個性的で目が離せません。個人的には、中学生とは思えない程、しっかりした弟・行馬がかなりツボでした。上が頼りないと、下はしっかりするんですよね、ほんと。

 
  桑島 まさき
  評価:B
   東京に住む武家茶道家元後継ぎの主人公の名前は、友衛遊馬(あすま)。18歳。家業になじめず出奔したどり着いたのは、京都。ここには宗家がある。東が坂東巴流、西は宗家巴流。18歳は迷える年頃だ。人生を勝手に決められてたまるもんか。自分らしく生きるために飛び出してきた遊馬が出会う、京都の茶人たちはクセのある人々ばかり。茶道のたしなみがない人には珍しい用語の羅列が退屈に思えるだろうが、そこで繰り広げられる人々の騒動は笑える。ネーミングもイイ。遊馬の家族は、祖父が風馬、父が秀馬(ほつま)、弟が行馬。京都の人々は、不穏に鶴了に氷心斎に…。
 京都の宗家巴流が舞台の中心となるが、東も西も家族の事情は同じようなもん。でも家族が互いを思いやりめでたい結末に導いていくほのぼの感がイイ。しかも幼い2人が簡単に解決するのだからたまらない。
 若者遊馬は世間にもまれながら悟り、嫌だった茶道を見直していく。遊馬の成長を描いたエンターテインメント青春小説は、長すぎる気がするが、爽やかな読後感を残す。

 
  藤井 貴志
  評価:B
   「主人公は茶道家元の若様」と言われても、自分とは縁のない世界だからか当初はピンと来なかった。しかし、読みすすめるうちにかなりシンパシーを感じるようになり、そのまま楽しく読み終えた。茶道の家元に生まれた友衛遊馬は、伝統だ格式だとやかましい実家に嫌気がさし、バンド仲間と連れ立って家出を決行する。家出先でバンド仲間と喧嘩別れしたあとは京都に居残り、だんだんと周囲の人たちとの交流を始める。家出少年の気持ちとしては茶道と決別したいが、育ちの良さが災いして(?)デカダンを決め込むことのできない滑稽さが可笑しい。どうやら幼少期からの厳格な躾というやつは、ちょっとやそっとでは脱ぎ捨てられないらしい。さらにどういうわけか、何をやっても誰と付き合っても、彼の周囲には常に「茶道」の影がちらつくのである。それもまた笑えるんだけどね。
まったく知識のなかった「茶」が身近なものに感じられ、茶道に興味がわいたのは意外な収穫か。本作が単なる家出少年のロードムービーにならず、気品を感じさせるのは、「茶」というユニークな幹が物語をがっちり固めているからだろう。茶道に興味のない人こそ読んで損のない1冊。

 
  古幡 瑞穂
  評価:A+
   いつの世もモラトリアムを満喫したがる青年というのは小説の題材になるようです。日々あくせく働いているとこういう登場人物が腹立たしくてなりません。まあ多分にやっかみもあるんですが…
この主人公は(弱小)茶道家元の嫡男。この人が跡を継ぐのが嫌で嫌で東京から京都に家出。でもそこでは何故か関係する人全てがお茶を点てるのです。生活の中に溶け込むお茶という文化に接しているうちに、いつしか心も溶け始め…というストーリー。冒頭の青臭いとげとげしさがちょびっと鼻についたものの、周囲のユニークな登場人物がそれをほんわかと包容してくれるので気持ちよく読み進めることができました。この1冊でお茶の世界の敷居が低くなったような気がするくらい。最後の盛り上がりが心配だったのですが、不意打ちの泣かせるポイントにやられました〜。読み終わったらほんわか幸せな気持ちになっています。いやー良かった。お茶好き、京都好き、キャラ小説好きにはぜひオススメ。

 
  松井 ゆかり
  評価:A
   初めて読んだ松村さんの作品は海燕新人文学賞を受賞した「僕はかぐや姫」。この一冊にすっかり魅了された私はその後、芥川賞受賞作「至高聖所」、がらりと趣の異なる「紫の砂漠」…と松村さんの著作を次々に読破していった。
 同じ頃やはり初めて小川洋子さんの作品にも出会った。一見おふたりの作風は似ているように思えるが、小川さんの描く主人公が(たとえそれが若い男性であっても)母性を感じさせるのに対し、松村さんの主人公は永遠の少年(あるいは少女)性を身にまとっているように思われる。自分が年齢を重ねたことが、以前は松村作品を近しく感じていたのに、近年は小川作品により共感することになった要因かもしれない。
 しかし、久しぶりに読む松村さんのこの小説は実に楽しい作品だった。以前の作品群と比較して、肩の力が抜けて軽妙な味わいが出ていると思われる。うれしい再会であった。

 
  松田 美樹
  評価:A
   この小説を一言で言い表わすなら「灯台もと暗し」でしょうか。あまりに身近にありすぎて、それが自分にとって大切なのか、好きなのかがわからなくなっているけど、でもなくなると不自然で調子が悪くなってしまう。主人公の遊馬にとってはお茶(茶道)がそれ。茶道の家元の家に生まれ、幼い頃から作法を叩き込まれて育ったものの、全く家業を継ぐ気がない。名前の通りに遊んでばかりいる遊馬は父親の逆鱗に触れ、ひょんなことから京都に家出することなって……。ちゃらんぽらんに見えるけど、どこか生真面目に自分の進む道を探る遊馬は、思わず応援してしまいたくなります。自分はこれが好き!この道に進む!というものはなかなか見つけられないものだけど、遊馬のように紆余曲折しながらでも前に進めたらいいなぁ!とちょっぴり前向きな気持ちになれるのでは? 進路に悩む高校生や大学生に読んでもらいたい1冊です。

 
  三浦 英崇
  評価:B
   敷かれたレールの上をただ進む人生でいいのか?
 よっぽど運命に従順な人間でもない限り、自分の置かれた状況に疑問を持つことは、人生において幾度もあることでしょう。私も、大学にうっかり入ってしまって、数年後に「あれ? これでほんとにいいのか?」と悩み、そのままずるずる2年ほど留年してしまいましたが、それはともかく。
 ごく平凡な一般家庭に生まれ育ってすら「このままでいいのか?」という疑問が浮かぶのですから、ましてや、茶道の家元の長男なんかに生まれた日には、その悩みもいかばかりかと。「お茶から離れて自分を見つめなおしたい」と思い立つのが、気概ある男の子の魂の在り方です。
 主人公・遊馬も、そうした気概はある子なんですが、いかんせん、本人の「お茶から離れたい」という意志とは裏腹に、避けても逃げても、お茶の方がどんどん追いかけてきてしまうのが、とてもおかしくて。人はそれを「運命」と呼ぶのでしょう。あるいは「腐れ縁」か。