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勝手に目利き
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パラレル
パラレル
【文藝春秋】
長嶋有
定価 1,500円(税込)
2004/6
ISBN-4163230602
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  川合 泉
  評価:B
   元ゲームデザイナーの僕。離婚したはずなのに、頻繁に連絡を取ってくる元妻。自信家の会社社長・津田。登場人物全てが、過去にとらわれながら今を生きているように感じた。時に現在と過去との時間軸がパラレル(平行)になりながら、話が進んでいく。
結局はゲームデザイナーだった頃の話しか話題のない僕はもちろん、「なべてこの世はラブとジョブ」が口癖で、女遊びも仕事も自分の思い通りに進めている津田にも空虚感を感じさせられるのは、長嶋有さん独特の淡々とした文章の成せる技だと思いました。美容院のシーンで始まり、美容院のシーンで締めくくられることによって、パラレルのまま進んでいた物語が交差し、登場人物たちの新しい未来の幕開けが予感させられます。

 
  桑島 まさき
  評価:C
   「パラレル」…平行の、同一方向の、類似した、など。帯には「なべてこの世はラブとジョブ」。人が豊かに生きていくためには愛が必要だ。愛される事も愛する事も含めて「愛」を知る人間とそうでない人とでは必然的に生き方に差がついてしまう。ジョブ。どんなにカネに恵まれた人でも労働する事によって人は社会と関わりをもち、自分を育てることができる。主婦業などの「アンペイド・ワーク」も含めて。
 本作の主人公・七郎は妻と離婚して数ヶ月。優秀なゲームデザイナーだったが今はプー。女にモテなくもないが、離婚後もメールを送ってくる元妻の存在が気になり、やめた後も仕事の誘いをかけてくる編集者がいるが気がのらず、ラブもジョブも未来へと向かない。しかし飄々としている。こう生きるべきだ、という信念がないのだろうが、そのスタンスは現代人を体現しているようだ。
 現在と過去が交錯しながら淡々と物語は進んでいく。語り口の滑らかさが冴えている。もどかしくて見ていられない七郎はダメ人間だがいとおしい。それは強烈なインパクトを与える津田やその他の登場人物も同じだ。

 
  藤井 貴志
  評価:C
  無職の元ゲームデザイナーが、毎日メールをよこす元妻やベンチャー企業社長の友人らとの絡みを淡々となぞった1冊。中年男性特有の人生を諦めた雰囲気が漂い、そこはかとない憂いを感じさせる。オビに「なべてこの世はラブとジョブ」とあるように、主人公・七郎の一人称で展開する物語のほとんどは、登場人物の男女関係か仕事についてである。七郎という不器用な主人公の日常をとおして、仕事も恋愛も結局は相手ととことん向き合ってはじめて前に進むということが伝わってくる。
本作における著者の筆の進め方はポジティブに言えば「軽いタッチ」だが、そのふわふわした感じには物足りなさも残る。軽量級の格闘技を見たときに感じる「えーと、これはこれでいいんだけど……。何か、こう、もっと、ずっしりと……」と重みみたいなもの求める感覚に近い。軽量級は軽量級ならではの醍醐味があって、退屈することはないんだけどね。

 
  古幡 瑞穂
  評価:B
   「なべてこの世はラブとジョブ」オビにもなっていますが、主人公の友人津田くんの生き方がまさにこの通り。がむしゃらに仕事をし、成功を手中に収めようとする津田はまるでバランスをとるかのようにラブの方もお盛んです。女の人をとっかえひっかえという感じなんだけれどもあんまり嫌味に感じないのが不思議。逆にいい大人になってもモラトリアムで居てしまう主人公のほうにじれったさを感じるので、この二人の生活を並行して読むことでちょうどいいくらいです。
 過去と未来を交錯させつつ、新しい朝をいくつか描いていく。とかく大きな事件は起きないけれど、どこかにありそうな毎日に七郎が少しずつ癒されていくのがわかります。あ、津田くんの結婚式のスピーチが秀逸です。スピーチを頼まれてお悩みの方は必読ですね。

 
  松井 ゆかり
  評価:B
   長嶋有さんという作家は以前から気になる存在で、でもきっかけがなくてずっと作品を読むことなくきてしまった。
 さて、初めて読んだ長嶋作品は「あ、思ったほどには枯れてないんだ」という印象。何故か勝手にそう思い込んでいたのだが、考えてみれば1972年生まれの作者がそんな枯淡の境地に達しているわけもないか。特に主人公向井の友人津田の人物造形は、枯れているどころではない。「なべてこの世はラブとジョブ」が座右の銘である男だ。向井自身も妻と別れた後、気を引かれる相手がいるのに自分になびいてきた女の子と簡単に関係を持ってしまう。果ては妊娠させたのではないかと気を揉んだり、けっこう生々しい。でも無責任だと思われる部分もあれば、はっとするほど誠実な部分もあり、ひとりの人間の中には弱さと優しさがこんな風に共存しているものかもしれないと思わされる。ときにすれ違い、ときに相手を思いやる、登場人物たちの姿にほっとさせられる一冊だった。

 
  松田 美樹
  評価:C
   新刊採点員をさせていただくことになってついた癖(習慣)があります。何故かは自分でも分かりませんが、それは本のカバーを外して本体のデザインを見ること。シンプルな無地一色の場合が多いのですが、時々はちょっとしたいたずらが隠されていることもあって、見つけるととても嬉しい。さて、この『パラレル』はどうかというと、まずカバーはざらったとし感触のうすいグレーの無地に、つるつるした感触の黄色と水色のテープのようなものが巻かれているデザイン。で、カバーをめくってみると、濃紺に白い色鉛筆で描いたような電柱と電線の絵。こう書くと何でもないように思えますが、シンプルでとってもおしゃれなんです。どうしてこっちを表紙にしなかったんだろうというくらい。またそれが、主人公の離婚に至るまでを淡々とした調子で書かれた内容とマッチしています。購入または書店で本を手に取られることがあるのなら、どうぞカバーをめくってみてください!

 
  三浦 英崇
  評価:B
   身につまされる話は、なかなか書評が書けなくていけません。この作品の主人公・七郎は元・ゲームデザイナー。自分の作品をめぐる見解の相違が原因で、会社を辞めることになり、さらに、会社を辞めたことが一因となって妻と別れ……私も、おおむね同じような人生行路をたどっただけに、他人事とは思えず。年齢も同じくらいだし。
 もっとも、違う点も多々あって。そもそも一発当ててないですし、離婚はおろか、結婚すらできてないし、会社辞めても別の引きがあった訳でもないし……七郎と自分を引き比べると、自分のダメさがクローズアップされる一方なのですが、それでもあえて違いを見極めるなら、結局、人との付き合いの幅が、境遇の差を分けているのかなあ、と。
 七郎には、アップダウンの激しい人生を歩む親友・津田がいて、彼をとりまく女がいて、元・妻が依然としてつかず離れずの状態でいて。自分には、誰もいないや。何だか、酷く淋しくなりました。