年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

海猫(上・下)

海猫(上・下)
【新潮文庫】
谷村 志穂
定価 540円(税込)
定価 580円(税込)
2004/9

ISBN-4101132518
ISBN-4101132526


  岩井 麻衣子
  評価:C
   昭和32年、薫は昆布漁を生業とする漁師邦一の元へ嫁いできた。周囲から孤立するほどの透き通る白さと美しさを持つ彼女は、自分を守ってくれる夫とその家族の存在に幸せを感じていた。しかし、だんだんと夫との仲がうまくいかなくなり、義弟・広次に心奪われていく。物語はその後、薫の二人の娘、美輝と美哉へと続いていく。母子二代に渡る恋の話に加え、薫たちを取り巻く人々の人生が描かれる。ただ美しいだけで、全てを人まかせに漂うように生きている薫。リルケを朗読するような男がタイプの美輝。叔父に恋をし寝込んでしまう美哉。どいつもこいつも腹立たしい美女軍団なのだ。壮大でドラマティックな物語なのだが、主役級が個人的に好みに合わない。その分薫の母・タミの強さが際立ってすてきだ。タミも華やかなことだけして母親らしいというわけではないのだが強い。女は儚げな美しさよりも一人で生き抜いていく強さだよなあと健康だけが自慢の私はタミの生き方に心引かれるのである。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   濃密な愛情と執念とが肉体を持って絡んでくるようで、まったく感想を書きにくく、本に飲み込まれてしまいそうだった。ロシア人と駆け落ちした祖母、タミ。許されぬ恋で身を滅ぼした母、薫。そして父親の違う美人姉妹、姉の美輝と妹の美哉。上巻の薫の物語では、あまりの非力さと、その閉じられた世界の緊張感にこちらまで追い詰められそうな気持ちに。漁村に薫は嫁いだが、ロシア人の血を引き美しすぎる彼女は、その白い肌一枚で世間を強く拒んでいるよう、しかし肌一枚だからこそ、強く抱きしめられ愛されると、強く反応し周りを狂わせていく…。しかし母親とは対称的に、あくまでも力強く生きる美輝の姿がいい。迷いながら、しがらみを解いていく姉妹の側に居続けることで、薫の目線では捉えどころがないように見えたタミも、本来の魅力を輝かせている。この女たちも悩み苦しんだが、他の登場人物たちにも与えられた、強く哀しい愛情もまた胸にささった。

  藤川 佳子
  評価:A
   ロシア人と日本人の血を持つ薫。瞳には深い青色を湛え、肌は抜けるように白く、その美しさゆえ常に孤独を抱えながら生きてきた女性です。二十歳で南茅部で昆布漁を営む邦一の元に嫁いだ薫は、初めて男を愛することを知り、温かな家族を知り、男女の営みで得る喜びを知ります。邦一の弟・広次もまた、兄の嫁とは知りながらも美しい薫を愛してしまう。薫の美貌を怖れ、征服しようと攻める邦一、薫を女神のように崇め、優しく包み込む広次。薫は広次との禁断の愛を選択します。残された薫の娘、美輝と美哉も、やがて美しく成長し、辛い過去を引きずりながらも本物の愛を見付けようともがき苦しみます…。乾ききった負け犬女子必読の書です。恋愛小説なんて、ケッと思っていた私ですが、思わず感動。仕事より愛に生きたくなること請け合いです。

  藤本 有紀
  評価:B
   1/4ロシア人の血が流れる薫が嫁いだ南茅部は昆布漁の村だ。夫婦で一艘の船に乗り漁をする。人形のように美しい薫だが、美貌を鼻にかけることも悪女めいた振る舞いも一切せず、むしろ外見の美しさなど意識の外に閉め出してきたかのように生きてきた。そんな薫が新婚初夜に男を受け入れ感じた開放感、同時にぴくりと目覚めた性、夫・邦一の粗野な愛し方が独特の官能を伴って読者をくすぐる。船の上での仲違いも、夫婦であれば肉体の結びつきですぐに修復できるはずだというのは漁村でずっといわれていることだが、ふたりの蜜月がそう長くは続かないであろうことは予感される。邦一の焦燥が、兄嫁である薫に惹き付けられた広次の存在が、女の運命を平凡な幸せとは逆の方向に向かわせる。
 何かというと寿司をつまみたばこを吸い、びしっと着物を着込んだ母・タミの人生があまりに昭和の女のステレオタイプだからだろうか、第三章は面白みに欠けるが、谷村が性愛を描く筆致は本当にそそる。

  和田 啓
  評価:A+
   港町函館。親子三代の愛憎の物語。いつまでも、高く響く海猫の鳴き声と青い目が忘れられない。
 人を愛することはどういうことなのか。夫婦の契りを交すこととは。生命の誕生とは何を意味するのか。多くを考えさせられた作品だった。谷村志穂のこれぞ力仕事というか、背負い投げを喰らってズッシリと青い畳に投げつけられた、そんな作品だ。
 運命の男女、薫と広次がふたり歩いていて、函館山の山肌から順に、夕陽が海へ向かって石畳の道を美しく照らしていく象徴的なシーンがある。禁断の恋を貫いたふたり。父親の違う姉妹。すべてを見守る、おばあのタミ。誰にも止められない時という齢。北海道人の心意気とやさしさ、知恵、哀愁そして人生がランボーの詩のように函館の海に溶けていく。どうにもならないのが人生の真実だが、わたしの魂は救済された気がした。