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ダーク・レディ(上・下)

ダーク・レディ(上下)
【新潮文庫】
R・N・バタースン
定価 各700円(税込)
2004/8
ISBN-4102160159
ISBN-4102160167


  岩井 麻衣子
  評価:B
   法廷で無敗のため「ダーク・レディ」のあだ名を持つ検事補ステラ。野心に燃える彼女の周りでは現市長と郡検事の市長選挙争いが繰り広げられていた。どちらが当選するかでステラの運命も決まる。そんなとき、ステラの元恋人の弁護士がガーターベルトとストッキングだけを身につけた姿で惨殺される。この死には麻薬も絡んでいた。いつもは法廷での対決シーンが印象的なパタースンであるが、町ですすめられている球場建設、市長選挙における両候補の熾烈な戦い、麻薬がらみの殺人など、今回はステラの捜査と政治的な戦いがメインになっている。家族や人種差別の問題も織り込まれ壮絶なドラマが展開されていく。最後まで一気に読ませ、真実が見えてこないストーリーはさすがである。ただ、一度の過ちで堕ちていく人、それを踏み台にのし上がっていく人を見ていると、なんだかさみしい気分になってしまうのだ。

  斉藤 明暢
  評価:C
   アメリカの移民系白人で非富俗層の社会と、そこで生活し、抜け出したいと願う人々の心理や生活というのは、映画やニュースなどを通して見ても、正直なかなかピンとこない。日本では低所得でもそこそこの生活が出来ている人が大多数だから、そういう世界から抜け出そうと悪戦苦闘してる人や、苦労して抜け出した人の話というのは、もうひとつ実感しにくいのかもしれない。金持ち連中の密かなお楽しみについても似たようなものだ。
 野心を持って権力をめざす人々の腐敗と哀れなまでの弱さ、それを描くのが目的だとしたら大いに成功してると思うが、かの国(とは限らないが)で社会的に成功する人々は、多かれ少なかれこんな気分を乗り越えなくてはいけないのか、と考えてしまうとブルーな気分になってしまった。

  平野 敬三
  評価:B+
   基本的に僕は「耐える女」が好きだ。理不尽な抑圧、職場環境の悪化、自身の欲望。様々なものからじっと耐え抜くその姿に、実に弱い。ゆえに個人的には、ステラ・マーズはサスペンス小説の主人公としてほぼ百点に近い。特に、部下であるマイケルとの関係は、恋愛関係において思いの丈はすべてぶちまけないと気がすまない僕にとってはたまらなく神々しい。ただ単に禁欲的というだけなら、ここまで心を動かされない。そこに、痛々しいほどの葛藤があるから、野心家のエリート・キャリアウーマンがいとおしく思えてくるのである。前半、やや物語に盛り上がりが欠け、登場人物をうまく把握できない状態にイラついたが、中盤の淡いロマンスからクライマックスまでの重厚でありながら畳み掛けるようなスピード感も併せ持った展開に、寝る暇も惜しんで没頭できた。控えめなエンディングも気持ちがよい。

  藤本 有紀
  評価:A
   亜硝酸アミルが出てきた時点で事件の性格は自ずと知れる。登場人物の言を借りるなら「おかま向けの薬局を開業できそうな」大量の催淫剤が残されていたのは弁護士・ノヴァクの部屋。ステラ・マーズにとって、昔の恋人の不名誉極まりない最期は、たとえそれが屈折した愛の記憶であったとしてもショッキングな事件だった。これに先んじて、黒人娼婦と大型公共事業・スティールトン2000球場建設を監督する白人男性の全裸死体が発見されていた。検察庁殺人課課長のマーズは、次期市長を争う黒人地方検事ブライトを支える立場から真相解明を課される。
 タイトルは、その仕事ぶりから“ダーク・レディ”と呼ばれるステラが“非フェア・レディ”であり、ポーランド人移民労働者の子孫として“ワルシャワ”に育った非アングロサクソンであることを強くアピールする。襟の色の違いは肌の色だけによるものではなく、階級差は今なおアメリカ人の間に根を張るという。「成功ではなく成就を、野心ではなく夢を」という主張、何より「清濁合わせ飲む」という態度に殴打が加えられているのが感じられるはずだ。

  和田 啓
  評価:B+
   リーガル・サスペンスの雄、リチャード・ノース・パタースン。本業でも弁護士であり、その卓抜としたプロットと深みのある人物造形は、読む前から期待させる作家である。
かつては製鉄で栄えたアメリカの地方都市スティールトン。時代の中で悲惨なまでに衰退し、今まさに街の復興を目玉とした市長選が繰り広げられようとしていた。主人公は所轄検察局殺人課課長の女性検事補ステラ。まずはヒロインが実直で頭がキレ、愛らしい役柄で心躍らされる。街を代表する麻薬犯罪専門の弁護士が殺されるところから物語は幕を開ける。彼はステラが唯一心底から愛することのできた元恋人だった……。
政官財の組織だった腐敗構造が皮膜を剥がされるように明らかになっていく。彼女の痛みを伴って。いつもながら神経の細部にまで作者の筆は冴えわたる。よすがを求めて人は生きるしかないのか。