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綺譚集

綺譚集
【 集英社 】
津原泰水
定価 1,785円(税込)
2004/8
ISBN-4087747034

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  朝山 実
  評価:C
   収録されている「サイレン」のエロチックさをいうなら、西村望÷つげ義春。単品評価はAだ。知恵は足りないが色っぽい姉と、聡い弟。姉弟は、吝嗇の養祖父を手にかけようとする。計画をうちあけられた弟は興奮し、勃起してしまう。姉が欲したのは、銭湯の途中に見かけた舶来のサンダルくらいの自由。無謀で、しかしリアルなその瞬間は刻々と迫りくる。抑えた息、はだけた胸のボタンをしめる姉の振る舞い……。なまめかしい絵が浮かぶ。ラストの暗転がこれまた見事。ただし、作品集にしてみると美がまさり過ぎて、うーん……。

 
  安藤 梢
  評価:C
   なんておぞましい世界……。見てはいけない世界を見てしまった。この人は、思わず目を背けたくなるようなグロテスクな映像を、何のためらいもなく言葉にしているに違いない。そのためらいのなさが、ざっくりと切れるような鋭い文章を生んでいる。恐ろしい。だが、恐いもの見たさも手伝ってついつい引き込まれて読んでしまう。文体も設定も雰囲気も全く違う15編の物語に、圧倒され振り回されるばかりだ。一つ読み終わると、今まで使ったことのなかった神経を酷使したような妙な疲れを感じる。それだけ、この綺譚を受け入れるのに心の準備が必要だということだろう。全編に共通しているのは「死」を描いていることだけである。様々な側面から「死」を嫌というほど見せつけられる。美しい「死」ばかりが描かれる中で、現実の「死」とは血がドロドロ出る生臭いものでもあるのだと釘をさされた気がする。

 
  磯部 智子
  評価:A+
   恐ろしいなぁ、上手いなぁ。端麗な筆致で描かれた悪夢のような短編集。生理的にどうしても受け入れることが出来ない嫌悪にも似た反発を感じる作品も、裏返せばその完成度に対する畏敬の念であるような気がする。現実を全て反転させてみせる作家が紡ぎだす美は、きっと現実社会では醜悪なものかも知れず、言葉の中で咲き誇り、読み手の想像力の中でだけ延命する大輪の花。黒い笑いがこみ上げる「隣のマキノさん」は作家が作家を描く入れ子構造、「アクアポリス」は、あちらの世界とこちらの世界が子供達の中で、ごく自然に交差し、「夜のジャミラ」では更に都市伝説を彼岸から裏返してみせる。「聖戦の記録」はすぐ戻れる境界線上を散策しているつもりが、取り返しのつかない場所に置き去りにされてしまう。一作読み終える毎に、本を閉じ退屈で雑多な日常生活に戻れる安心を噛み締めながらじっくり読まなければならない五臓六腑に染み渡る内側から侵食される作品集。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   子供の頃、怪獣ものか何かのテレビを見ていて、怖いシーンが近づくと、眼のそばに両の掌を近づけ、いざとなったらさっと眼を覆ってテレビを見なくてすむよう準備をしながらも、吸い込まれるようにテレビを覗き込んでいた記憶が、久々に思い出された。
 怖いもの見たさって、きっと誰しもあるはず。いったいどんな「綺譚」――不思議なお話――を読ませてくれるの?と思いつつ読み始めた直後の、強烈な違和感と拒否感が、ページを繰るうちにいつの間にやら、その「怖いもの見たさ」に取って代わられてしまった。人間が文明社会を形成するために、必然的に封印せざるを得なかった、憎悪や悪意やタブーの数々。この短編集にはそれらが、昔懐かしい土の香りとともに閉じ込められており、何とも形容のしがたい淫靡で艶やかな匂いを放っている。
 唯一困ってしまったのは、この本にいったいどんな評価をしたらいいのかという事。Aとするのがいいのやら、はたまたEとするのがいいのやら、全く判断不能に陥り、その中間のCと一応付けておきましたが、この評点にはほとんど意味がありません。今回の課題図書中、相対評価という次元を、唯一超越しておりました。恐るべき一冊。

 
  三枝 貴代
  評価:B
   各所に寄稿された短編をかき集めた作品集です。傑作選ではありませんが、なにぶん寡作な作家さんなので、質は粒ぞろい。巧いです、あいかわらず。タイトで自然な文章ですが、彼以外に書けない言葉がここにあります。
 しかしどこか冷たい。巧すぎるのでしょうか。あるいは、作家が内容にコミットしていない感じがするからでしょうか。女装文体を書かせると天下一品な作家さんですが、それはあくまで女装であって女ではなく、女でないからこそ女よりも女らしい女形の美しさといった感じが、だめな人にはだめなのかもしれません。この独特の歪んだ美、端正すぎて不自然な感じを、猿渡シリーズでは主役に作家の分身的な人物を用いて、作家本人の魅力(まぬけでお調子者でお人好し)で親しみやすく加工することに成功していたのですが、今回は技術力むきだしですから。
 ということで、作者の素顔がほの見える『隣のマキノさん』(マキノさんとは作家の牧野修氏のこと)が、一番のおすすめ作でしょうか。次作『赤い竪琴』に期待して、これはちょっと控えめにBにしておきます。

 
  寺岡 理帆
  評価:AA
   まず、手にとってカバーの写真にうっとり。タイトルの文字の美しさにうっとり。カバーをはずしてまたうっとり。そして本文を読み始め…やっぱり最後までうっとり。
 ホラーと言うよりは幻想小説、耽美小説、いやもしかするとファンタジー小説…。とにかく妖しくも恐ろしい世界へ、あっという間に引きずり込まれた。何がそんなに恐ろしいのか。ずぶっとはまったら最後、出られなくなりそうなのだ。
 どの短篇も、出だしの文章で一気に掴まれてしまう。「死」を扱った作品が多いのだけれど、ここでは「生」と「死」はほとんど何の違いもないかのように扱われている。少なくとも、「生」と「死」は対称概念ではないような気がするし、その間に境界線などはほとんど見あたらない。妖しくて、グロテスクで、なおかつ美しい世界。どっぷりと「読書」に浸れる一冊。

 
  福山 亜希
  評価:C
   この本の帯には「恐ろしや、津原泰水は悪魔だ。或いは、一度死んだことがあるに違いない」とある。これだけ読むと何のことだかよく分からないのだが、この帯の文句の意味は、読み始めて2ページ目で早くも痛感することになってしまった。ホラー映画を文字にして読むのよりも、この本はさらに恐ろしい。こんな怖い本を書いた津原泰水という人は一体どんな人なのか。短編「夜のジャミラ」なんて、もうすぐ犯罪を犯してしまいそうな少年が一人でぶつぶつとしゃべっているような、そんなイメージが頭に浮かんできてしまうし、この本にはちょっと異常な世界観が拡がっているのだ。国語の授業では、本を読む時は必ず作者の主旨を読み取るようにと教えられてきたが、この本の作者はどのような主旨をもってこんな化け物のような作品を書き上げたのだろうか。
 文章自体は理論的で分かり易くてリズムも良かった。だから今度は、この作者の明るい作風の作品が読んでみたい。