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だりや荘
だりや荘
【 文藝春秋 】
井上荒野
定価 1,500円(税込)
2004/7
ISBN-4163231706
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  朝山 実
  評価:B
   暴走列車を止めることができない、ジレンマを感じつづけるお話だ。夫と姉が関係しているのを感づきながら、妹は知らないフリを続けている。認めてしまうことが怖いのだ。潜在的に露見を望めばこそか、逢瀬を続ける二人は次第に大胆になる。姉の恋人や、妹に恋する旅の青年が絡んで複雑化していく展開は昼メロですね。精神が不安定な姉、快活な妹。対照的な姉妹の間で宙ぶらりんな夫。三人のどうにも離れられない結びつき。ページが残り少なくなるにつれ暴走は拍車がかかる。ハマればイッキでしょう。

 
  安藤 梢
  評価:B
   こんなにどろどろした話をどうしてこう淡々と書けるのだろう。不思議だ。姉の椿と妹の杏、その夫の迅人、一見穏やかに3人の生活は始まる。しかしその表面の穏やかさとは裏腹に、内面では激しい感情が渦巻く。順々に3人の視点から描くことで、次第に3人が抱える問題の本質に迫っていく。物語の後半になるに従って、どんどん狭くなっていくような圧迫感がある。どこにも逃げ場のない感情の吹き溜まりのようだ。姉妹は、お互いを疑いながらも騙された振り、気付かない振りを続ける。その必死さが痛々しく恐ろしい。そしてそんな二人の間にいながら何も分かっていない男。その単純さこそが救いである。この男の存在によって、ぎりぎりのところで理性を保っている姉妹は、泣き喚くこともできないまま壊れ続けているのである。とても魅力のある人物たちなので、もうすこし救いのある結末だったら、と思ってしまう。

 
  磯部 智子
  評価:A
   優しくて暖かくて怖い。人肌の様なひんやり感と温もりを併せ持った作品。荒野さんを知ったのは「みずたまのチワワ」という絵本。女の子がふと見かけた「みずたまのチワワ」を追いかけて行く。みずたまの街まで来たとき、チワワは振り向いて「くすっ」と笑う。女の子は怖くなって……というお話。その忘れ難い緊張感と不思議な読後感は、この作品では姉、妹、妹の夫の歪んだ三角形として現れる。両親の事故死から、三人が引き継ぐことになったペンション「だりや荘」。泊り客が「すてきなご夫婦と、神秘的なお姉様」の舞台の上みたいな異次元と表現する3人の関係。ダイレクトに人を幸福にしたい為、会社員から指圧師に転身した迅人の無邪気さ。其々疑惑を口に出来ない姉妹、椿と杏。孤独や絶望は声高に叫ばれるものばかりではなく、日常生活の中に無数の地雷のようにひっそりと深く潜み続ける。封印した記憶を喚起させ心かき乱される作品。椿の見合い相手、新渡戸さんが印象に残る。

 
  小嶋 新一
  評価:B
   信州の山奥のペンション「だりや荘」を舞台に繰り広げられる、男と女の物語。事故死した両親のあとを継いで宿を切り盛りする妹夫婦と、透き通るような美しさをほこる独身の姉。そこに割って入る、アルバイトの青年……。信州と言うからには、いかにも爽やかで涼しげな世界が描かれるかと思いきや、とんでもない!閉ざされた世界で複雑に絡まる男女関係は、めちゃめちゃヘビーなもの。
 しかし、しかし、普通に描けば、ドロドログチャグチャになってしまいそうな人間関係も、この作者は徹頭徹尾、冷静でクールな視点で描き出していく。そこから浮かび上がるのは、成り行き次第で、妻や恋人をも大胆に平然と欺いていくことができる、人間の残酷な一面。視線が冷静なだけに、残酷さが浮き立つ。ああ、こわい!
 僕は絶対「だりや荘」の登場人物たちのように、冷酷にはなれはしない、と思う。だけど、もしかしたら何かのはずみで人間って、変わってしまう事もあるのかも知れない、そう考えたらゾッとしてしまった。

 
  三枝 貴代
  評価:A
   両親が事故で亡くなり、ペンション・だりや荘は休業した。椿はその村に一人で残った。一年後、妹の杏とその夫・迅人が、だりや荘再開のためにやってきた。
 おそらくこの小説も恋愛小説の一つとして読まれるでしょう。しかし多くの恋愛小説がなんらかの困難(難病、戦争、宗教や国籍の違い、不適切な関係性など)を抱えてもなお惹かれあう二人の気持ちを描くことを主たるテーマにしているのに対し、この作家の非凡さは、不適切な関係性によって二人とその周辺の人物の心が傷つき少しずつ壊れていく過程を細かく細かく描いた点にあるように思えます。
 作家は、優しくすることと甘やかすこと、繊細なことと弱いこと、自由なこととわがままなこととの違いをきちんと書き分けて、嘘やずるさをくっきりと浮かびあがらせています。そうして、ずたぼろになりながらもなお、まっすぐ前を向こうとする登場人物たちの姿は、生きるということの悲しさを、奇妙なまでに美しく伝えてくれます。
 心に残る傑作です。

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   杏・椿・迅人、それに椿のお見合い相手である新渡戸さんとバイトの翼。誰もが互いを気遣いながら、それでも互いを傷つけあわずにはいられない。そしてつけられた傷を隠しながら、何事もなかったかのように暮らしていく哀しさ、孤独。
 信州の山奥で、静かに、静かに物語は進む。読んでいてかなり心に沁みた。
 個人的には迅人が最悪。この鈍感さには、読んでいて憎悪すら覚えた。
 でも、互いを思い合う椿と杏の姉妹の哀しさは痛いほど伝わってくる。傷つきながらも、どうしてもそこから離れられない気持も、何となく、わかってしまう。人間はそれほど理路整然とは生きられないし、確実に不幸だとわかっている方へ歩いていってしまう時だってあるのだ。ラストは切なくて、思わずため息をついてしまった。

 
  福山 亜希
  評価:B
   姉と妹、そして妹の夫の三角関係を描いた作品。普通の三角関係と違うのは、普通はその関係がばれた後で大騒動となるのに対し、「だりや荘」では、三角関係であることをお互いがうすうす感じながらも、三人が力をあわせて現状を守っているところにある。まさに薄氷を踏むような毎日で、そうまでして三角関係を続けて、では一体何を守りたいのかというところは、あまり伝わってこなかった。物語は浮気や不倫といった軽薄な匂いは一切漂わせずに、あくまで椿と妹の夫迅人との愛情、そしてその二人を黙認する妹の杏の複雑な人間関係を映し出しているのが凄い。
 しかしやはり一番知りたいことは、姉椿の苦悩の理由である。妹夫妻を巻き込んでしまう程、危うさを持ったこの美人は、なぜそんなにまで弱々しく、あやうい存在であるのだろうか。椿の危うさの原因がわかって初めて、私は彼らの三角関係を理解できるような気がするのだが。