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永遠の朝の暗闇
永遠の朝の暗闇
【 中央公論新社 】
岩井志麻子
定価 1,680円(税込)
2004/8
ISBN-4120035603
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  朝山 実
  評価:A
   我慢ばかりしてきた女が23歳にして初めての恋愛で夢中になってしまう。男が妻子もちだと知ったときにはもう止まらない。地味女がハデな事をしでかす。男の誠実だけど狡さや、女のウジウジやらしたたかさがじっくりと描かれている。ときに厭味なくらいに。
第一部が寝盗る女の目で見た物語なら、第二部は38歳バツイチ後の前妻の目線に置き換えられる。地味女が「ありふれた幸せ」に猪突だったように、彼女も女一人で生きていくためキャリアアップを目指すのだった。しかし孤独に耐えきれず失速しかかる。強くは見えても弱い。弱みを見せずに生きるのはくたびれる。辛いよなあ。って思えるこまかな内面の描写に、ホロッ。
でも、いちばんハラハラ頁を追ったのは第三部だ。実母に置いていかれた子供たちのその後が語られる。14歳の娘が抱く思春期ならではの言葉にならない声。義母にも実母にも似た「いい子」だからこその葛藤を通して、二人の「母」の姿があらためて身近に感じられる展開がいい。

 
  磯部 智子
  評価:C
   中村うさぎをして「変わり者」と言わしめた志麻子姐さんの新聞連載小説は、エロもグロも無い一人の男を巡る三人の女の物語。盗った女、盗られた前妻、前妻の娘。「いい人だけど強い人ではない」男の影は薄い。「普通」と「居場所」を求めた三人の女たちは果たして見つけることが出来たのか。「世間」と総称される無責任な匿名の他人から見た普通が普通なのか、自分の信じるまま生きてはいけないのか、作家自身の心の叫びが聞こえるような、三人三様、内側から鋭く描いた爆裂本音小説。本当に強かなのは誰か、面の皮一枚の問題ではなく誰しも心の葛藤はある訳で、そういう微妙な心の襞を非常に上手く書き分けている。翻弄されるのは、母、義母二人の「普通」に揺れ、価値観の狭間で自分の居場所を模索する娘。作中で母が娘に言う「好かれる時は何しても好かれるけど」嫌われる時も又然り、だからこそ自分を貫く、もうそれしかないか、永遠の朝など何処にも無いのだから。

 
  小嶋 新一
  評価:D
   「普通」と少し違う家庭を、「女」を主人公に描く家族小説。三部構成となっており、それぞれで三人の「女」が主人公として登場する―――妻子がありながらもノコノコと合コンにやって来た、普通なら許せないはずの男に、知らず知らず心を寄せていくOL。テレビタレントとして成功の芽をつかむも、その代償として家族を切り捨ててきた喪失感を、埋めようともがく女。祖母と継母の間で心を揺らし、「いい子」でいるべきか悩む女子中学生。
 一家族を時系列で追いかけていく小説でありながら、それぞれ独立した短編としても楽しむこともできるという工夫は面白かったし、第二部で、苦し紛れに休暇をとって日本を離れた女性タレントが、ベトナムで自分自身を取り戻すシーンは、本編のクライマックスとも言え、グイグイ読まされてしまった。
 とは言うものの、この小説の重要なテーマのひとつである「母と娘」の微妙な関係が、弟との二人兄弟で育った僕には、最後までイマイチぴんと来なかった、というのが正直な感想。相性がよくなかった、と言うべきなんでしょうね、残念だけど。女性の方なら、きっと共感できるのかもしれない。で、家族小説好きの女性に勧めてしまう次第です。無責任で、ごめんなさい。

 
  三枝 貴代
  評価:D
   作家本人の人生ほぼそのまんまのお話です。自身を投影している人物を臆面もなく美人と書いてしまうあたりはご愛敬としても、あきらかにモデルが特定できる書き方で某人物をメタクソに書いていたりして、ホント、女は怖いと申しますか、こんな小説が朝の新聞に印刷されて配られてしまう岡山は怖いと申しますか。
 要は、限りなく下世話な話なのです。でもこれが妙に面白いんですね。どこかで見た感じ。説明はくどく、含みもへったくれもなく全部書いてしまう書き方。凡庸だがあきれるほど立て続けに起こる事件。そう、あれですよ、あれ。『渡る世間は鬼ばかり』です。あの番組の魅力は俳優が全部台詞で説明してくれるので一回くらい見逃しても話を見失わない点にあるらしいのですが、確かに新聞小説はしばしば読み損ねるものなので、これは正しい書き方なのかもしれません。
 小説技法的にはほめられたものではありませんし、まとめて読むとかなりうざいのですが、これ、新聞に載っていたら、確かについ読んでしまいます。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   初めて愛した男が妻子持ちだった香奈子。仕事と引き替えに家庭を失ったシイナ。
「いい子」を演じることにも疲れを感じるようになっていた美織。3人の女達のそれぞれの物語。
「普通」の家庭なんてない。
 みんなそれぞれ別々の「幸せのカタチ」を見つけていくしかない。
 あまり幸せとは言えない3人だけれど、みんな一生懸命生きている。それに比べて、今井は情けない男だなあ…。なんだかホントに、最近小説の中でも「かっこいい男」って巡り会えないわ!!(笑)
 それにしても、このタイトルはちょっとイマイチじゃないかなあ…。

 
  福山 亜希
  評価:B
   登場人物は皆ごく普通の人々だ。この本は、そんなごく普通の人たちの幸せの歯車が少しずつずれていく様子が描かれている。登場人物の中にものすごく悪い人間なんていないのに、どうして皆が幸せを掴むことが出来ないのか。
 OLの香奈子と既婚者の今井が交際し始めるところから、この物語は香奈子、今井の妻シイナ、そしてシイナの娘美織という三人の女達の幸せをすこしずつ狂わせていく。三人のうちの誰が悪いなんていう単純な問題ではない。皆それぞれ一生懸命生きているのだ。この本の面白さは、三人それぞれの視点から見たストーリーが展開されるところにあるだろう。それぞれの視点で描かれた物語を読めば、女達の苦しみや自問自答が、三人分のしかかって読者の方にまで襲いかかってくる。普通の人生や普通の幸せなんてどこにも、誰にもない。それぞれがそれぞれの人生を背負って生きていかなくてはいけない。そういう決意を与えてくれる本だ。