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勝手に目利き
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凶犯

凶犯
【新風舎文庫】
張平
定価 791円(税込)
2004/8
ISBN-4797494271


  岩井 麻衣子
  評価:AA
   中国という国は本当に不思議である。旅行で訪れたときは、食べ物はただおいしく、街は近代的で活気があり、スタイリッシュな女性が練り歩いている姿しか見せない。しかし、小説で味わうとなると、ワイルド・スワンにしても大地の子にしてもすさまじく重い世界を見せつける。本書はそんな「重い」一面が描かれた作品である。内陸部の国有林に派遣された元軍人・李狗子。まじめに生きてきた彼の行く手をさえぎったのは、金の魔力に腐敗しきった有力者と、権力ににらまれないよう口を閉ざした庶民だった。狗子がリンチにあい、息も絶え絶えになっている場面から本書は始まる。続けて事件後、その理由が明らかになっていく過程、狗子が事件を起こすまでの行動が順番に語られていく。狗子の悲惨な結末へ至る息のつまる描写が、耐えられないほどの緊張感を持つ。中国特有というわけではない、人間というものが持つ黒い部分が恐ろしくリアルに描かれた作品である。

  竹本 紗梨
  評価:AA
   凶悪な殺人事件の発生を起点にして、導火線に火がついたような事件前の感情の高まりと、事件後の対応が時間軸で展開される。骨太の文章と、主人公狗子の強い意思がぎりぎりと迫ってきて、その高い緊張感が最後の1Pを読み終えるまで続くのだ。狗子は国有林の保護監視員として派遣され、ひとつの村の中で国の腐敗と人々の弱さと戦い、ついには重大な殺人事件を起こす。私は甘っちょろい読者だなあとこんな本を読むとつくづく思うのだけれど、こんな強力な小説を読みながら、救われるエピソードを求めてしまう。そして衝撃的な事実が書き付けられている中で、狗子の強い意思と、その妻桃花の叫ぶような訴えに救われた。暗く腹にこたえる話だが、主人公には迷いがない、そしてその力が何かを少しでも突き動かす。狗子の強い訴えを引用する。
「一生恨みを耐え忍ばなくてはならなくなる。一生頭を上げて生きられなくなる。一生人様に合わせる顔がなくなる。決してそんな生き方はできない。生きているうちはまっとうな人として生き、死ぬ時も男らしく生きたい」このまっとうな切望が、この小説の状況下においては何よりも大きな力になるのだ。

  藤川 佳子
  評価:A
   貧しさが、人間をどんなに卑屈にするのか。腐敗とはどういうことなのか。この物語を読むと、ちょっと分かったような気がします。中国で実際に起こった事件をモチーフに書かれたこの小説。主人公は左足を戦争で無くした、傷痍軍人。国有林を所有するある貧しい山村に森林保護監視員として派遣された主人公は、盗伐により無惨な姿となった山林を目の当たりにします。盗伐を見て見ぬフリをして私腹を肥やしていた前任者たち、貧しさから脱却するために手段を選ばない村人。自分はどうあるべきかと悩んだ末、誰にも恥じない生き方をしようと決意する彼ですが、周囲からの数々の嫌がらせに遭い、それが、やがてショッキングな事件へと発展します。「責任をとりたがらず、問題点は報告しないで成果だけを報告する」役人が多い中で、この主人公の生き方には共感しますが、その正義が起こしてしまった事件を思うと、複雑な心境です。

  藤本 有紀
  評価:B
   中国の山村で国有林監視員の李狗子が私刑にあう。その翌日未明に村を牛耳る四兄弟が撃たれた。現場の状況は狗子がやったと語る。だが、惨いリンチで大量失血した人間が、山上の監視所と麓を這って往復し、狙撃を実行するなどということが可能だろうか? 高潔な人間の限界を超越した執念の記録。
 確かに主人公は家族にも煙たがられるほどの正義漢ではあるが、井戸を使わせず、狗子が自力で探した水汲み場に糞尿をばらまくといういじめの手段に、私のイマジネーションは軽く一蹴された。失血による渇き、水を求める狗子の肉体と心が発する苦痛の表現に不足はない。作者は狗子に述べさせる。「……これが中国の文化というものなのか、……人を憎むとなると、舌を引き抜き、目玉を抉り、骨を叩きづぶし、首をはね、体を八つ裂きにするまで憎みきる。……」
 中国語小説といって他に思いつくのは『上海ベイビー』ぐらい。同書とは作風も違うし、翻訳が少ないだけに読む価値も大きいと思う。

  和田 啓
  評価:A
   時は現代、場は中国山村。主役は国から派遣された森林保護監視員にして腕利きの元特殊部隊の戦士。中越戦争で左足を失っている。善良な彼が家族と森林の保護と監視を目的に、とある山村に越してきてからの惨劇がルポルタージュ調に語られる。そこは公然の盗伐業者が存在し、閉鎖的な空間に腐敗と汚濁が満ちた地獄の世界だった。男は良心と誇りを賭けてたった一人で世界に挑んでいく。
 事実の重みに震慄する。おそらくこれからもずっと残るであろう中国の負の部分に絶望してしまう。村社会はお上の社会でもある。権力は護持され、腐敗は繰り返され、無知な民衆は流されるだけだ。その無名の男は革命を起こした。血と引き換えに。