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サウダージ
【角川文庫】
盛田 隆二
定価 460円(税込)
2004/9
ISBN-4043743025
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
岩井 麻衣子
評価:B
1990年夏休みも終わろうとする頃の8日間の出来事が描かれる。日本人の父とインド人の母を持ち英語を話せるという能力を生かし人材派遣会社で働く裕一。彼が、様々な国から働くために日本にきた人々や、父と再婚した継母との交流を通して、失われた何か「サウダージ」を感じるという物語である。盛田隆二とはいまいち合わないのだ。登場人物もなにやら腹に黒々としたものを抱えこんで生きていて、行動が破滅的で好きになれないヤツラばかりであるし、結局は何の答えも出ないまま、主人公の心でいつのまにか決着がついているラストにも「だから何やねん」とつっこみたくなる。それでも一気に読み通させるリズムや、小説にマジで怒っている自分に気がつき、感性がぴったり合った話になったら盛田の本は最高の一冊になるのではと期待させられるのだ。その証拠に最近無職になった私には人材派遣会社の仕事を得ようとする女性の姿が一番印象的だ。そこまでするんですかと手が震える恐ろしい物語だったのである。
斉藤 明暢
評価:C
タイトルのサウダージという言葉は、「失ってしまったものを懐かしむ感情」みたいな意味だそうだが、「失ったもの」といっても、それは奪われたものだったり自分で捨ててしまったものだったり、欲しいと願っているけど最初から持っていないものだったりするのだろう。物語と主人公には、常に喪失感と虚無感みたいなものがつきまとっている。
様々な人が描かれ、いくつかの出来事が起きるけど、何も始まらない、何も終わらない、何ひとつ解決したり道が開けたりはしない。そんな八日間の物語だった。
竹本 紗梨
評価:B+
本を読むならその空気もすべて味わいつくしたい。そんなことを考えて、遠くの街のインドカレー屋でわざわざこの本を読んでみた。つまらない考えだけど、スパイスの香りと耳に入らない言葉にかこまれるとすうっと本の中に入っていけた。サウダージとは、ブラジル人の会話で日常的に使われる言葉。孤愁、追慕、思慕感覚。失われたものを懐かしむ、さみしい、やるせない思い。インド人の母と日本人の父を持つ裕一は、派遣会社で働いている。人との交流を意識的に絶つそのムードに引かれて、寂しくて苦しい人たちが寄ってくるのだ。それを無下にできず、さらに寂しさ・苦しさを背負い込んでしまう。その追い詰められ方があまりにも苦しいけれど、今までの自分を変えるため、何かが動き出すラストが良かった。「ヒトの感情を表す言葉を、モノを指し示す言葉のように翻訳することは不可能だ。」というあとがきだけど、かなり近い線まで迫っていると思う。
平野 敬三
評価:A
嘘臭いけど書きます。主人公・裕一のセックスに対する何だかよく分からない嫌悪感というのは僕にはよく分かって、ルイーズやあずさに誘われても決して一線を越えない裕一の言動は本当にツボだった。対女性関係の交渉能力のなさとか。内面の闇を描きながらも、深層を明るみに出そうとしない著者の姿勢も良い。作中、居場所を探して彷徨っているのは、ハーフの裕一や外国人労働者たちだけでなく、玲子や博やあずさやその他大勢の人々もふらふらと放浪を続ける。年齢や性別や国籍に関係なく彼らが彷徨い続ける様は、本当に泣きたくなるような風景だ。そしてこの作品の魅力は、登場人物たちがありもしない「ここではないどこか」を闇雲に探しているのではない、ということだ。だからこそ、ラストでの裕一の決断が感動的なのである。それにしても派遣社員の面接に来る女性たちの行動には、別にうぶを装うわけではないが、ちょっと唖然とさせられた。これってリアリティがなさ過ぎて逆に恐い。
藤本 有紀
評価:C
浅黒い肌と彫りの深い顔立ちをインド人の母から譲り受けた主人公・風間裕一。裕一にとって女は、小さいとき初めて見た、薄暗くて臭い公衆便所の便器の中の他人のうんちと同じ、嫌悪感を覚える存在。だから女とはつきあわないが、いい寄る女とは寝る。おそらく、裕一は汚いと思いつつ大便から目が離せない子供だったことだろう。裕一の周辺で、元モデルでセックス依存気味の父の再婚相手・衿子、パキスタン人シカンデル、香港人・日本人と父親の違うふたりの子供を育てるフィリピーナのミルナ、マニラのゴミの山で育った父の浮気相手フェー、14歳の生意気な少女あずさ、派遣の危ない中年主婦(最も大便扱い)、ハワイの日系人資産家の奔放な娘・ルイーズ、妻に浮気がばれた父・博らが群像劇を繰り広げる。女性誌の連載小説だけに90年当時の都市風俗が活写され、その一部は今読むと気恥ずかしさがこみ上げてくるにせよ、なるほどエロティックな恋愛小説とも読める。私は群像好きだ。だが敢えていう。週刊現代なの? おやじポルノに対するの同じ拒絶感が好意的な読後感を上回る。
和田 啓
評価:B-
「そこにいない人と暮らすことを彼はよく夢見たものだ」から始まるなんともつかみどころのない作品。夏のうたた寝から目覚めた時のほんのりした虚無感が味わえる。
十三歳まで異国で暮らした主人公は人材派遣会社に勤務しながら青山であてどない毎日を送っている。家出少女、有閑マダム、在留外国人らに自分の意思とは無関係に「巻き込まれ」る人生だ。主人公を円の中心にしながら人が行き交う様は最後まで無国籍にして捉えどころがない。
夏の昼寝は起き上がった際、心地よさと同時に痛覚にも似た余韻を残す。いつの間にか時間が経ってしまった現実に世界が一瞬反転するからだろう。読書中、コスモポリタン大貫妙子の唄が反響していた。