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花伽藍

花伽藍
【新潮文庫】
中山 可穂
定価 460円(税込)
2004/10
ISBN-4101205337


  岩井 麻衣子
  評価:A
   5つの短編が収められる。いわゆる一般的な男女の愛を描いたものではなく、女性同士の愛が中心となっている。人間は、男でも女でも犬でも猫でも、好きでたまらなくて、自分の一部分のような感じがして、一生そばにいたいと思うものなのだろう。登場人物たちの相手を求める想いがひしひしと伝わってくる物語である。主人公たちは、同性を愛し求めることを、異種なものと心の底で感じているような気がしてならない。小川洋子の文は圧倒的な沈黙が襲ってくるが、それと同じくらい中山可穂の文章からは強烈な孤独が襲ってくる。休日の午後に暖かな日差しの中で、愛する人と心地よいひとときを過ごしていても、お互いが何故か遠い存在のように感じている。そんな孤独が漂ってくるのだ。ラスト「燦雨」では、老婆二人の愛が描かれる。愛と孤独を共有してきた二人の人生は幸せなものだったのか。自分の行方について考えさせられる一冊である。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   不器用ながらも、手探りで人を愛して、その愛が形を変える日を迎える……。そんな微妙な気持ちの揺れや、人と人が近づいたときに、二人の間に生まれるかすかな、独特なもの。暗闇で姿は見えないけれども、微かに香る花の匂いをかぐ様な物語たちだ。行き場のない思いを、背中に彫り付けたわたし。別れた元夫が転がってきたことで、夫と共に縁が切れてしまった、義理の姉や義父と。またつながった糸が生活を変えた公子。彼女と別れたが、「孝太郎さん」と「りり子さん」との優しい愛情のやりとりを目のあたりにして、もう一度…と勇気をもらうことになった一夜。どの話も、繊細で、優しい目線で描かれているが、最終話の老女、伊都子とゆき乃の生活は男女を問わず、どのカップルにとっても夢であり続けるのかもしれない。愛情を全うする、ずっと一緒にいる、そのことを丁寧に描いた話だった。

  平野 敬三
  評価:B+
   レズビアンにはただならぬ興味があって、なにげにビデオとかけっこうな数を見ていたりする。でもそういうところで描かれているのは、「男が映らないほうが興奮できるじゃん」という見る側の欲求を満たすための一シチュエーションに過ぎないから、レズの実際とはかけ離れているのだろうなというのはうすうす想像できるし、自分が興味を持っているのもその範疇でということなのだろう。というのも、本作で描かれる女性同士の激しく切ない恋愛劇があまりに「奇形」だからで、最後まで自分にはなじめなかったからである。うわーこれはちょっと・・・、と思いながら、妙に湿った物語を読み進めるのは、かなりの違和感を伴った。どの話にも必ず同性愛が絡んできて、短編なんだからひとつふたつは違う展開をと望みたくもある。ただ、違和感があったからつまらなかったかといえば、決してそうではない。どの話も印象に残ったし、とてもいい小説だとさえ思った。過度に純粋な思いは思いのままなら美しいが、それがいったん形になってしまうと(形にしてしまうと)とてもとてもみっともないんだなあ。そんなみっともなさに、自分はなじめないままに惹かれているのだと、そんなことをぼんやり考えた。

  藤川 佳子
  評価:A
   恋愛は辛い、切ない。人間は死ぬまで孤独だということを、徹底的に知らしめます。一人でいるときより、二人でいる方が一人を感じるって不思議だなと常々思うわけです。その疑問に、この物語は答えてくれます。本書は女性同士の恋愛を様々な形で描く短編集。登場する女性たちはみんな孤独で、相手がいようがいまいが、最期まで一人で生きていくことを、当たり前のように受け入れています。結婚しようが子供を作ろうが、人はいつでもひとりぽっち。女性しか愛せない彼女たちは、結婚や出産というフィルターが無いぶん、その当然の事実を直視することができるのではないかと思うのです。結婚しない、子供を作らないではなく、結婚できない、好きな人の子供が産めないという選択の余地のない立場にいて、それでも自分の心のままに生きるとはどういうことなのか。負け犬女子必読の書です。

  藤本 有紀
  評価:B-
   女同士の同性愛が絡む5篇が収められた短編集。一般にはホモ、バイ、レズ、だから「鶴」で「ビアン」「ノン気(け)」と来たときには戸惑った。女同士の性交を最も濃く描いた「鶴」は強烈なイントロダクションというところか。性愛の濃淡はまちまちで、続く「七夕」「花伽藍」では直接のセックスの描写はない。「ノン気寄りのバイ」の主人公がレズの恋人と別れた夜、ある男と再会する「七夕」は素敵。じゃあ寝ようか、という段になってやっぱり帰るという主人公に、「どうせ休みなんでしょ? どうせひとりでつまんないでしょ?」と引き止める無邪気さ、「このまま帰したら一生後悔するだろうな」「(男とのやり方を)僕が思い出させてあげるのに」という35歳・男が滲み出る孝太郎にクラリ。中山に対しては詩的・装飾的な表現が先行するイメージであったが、「エッチ」「巣鴨でブイブイ」など原稿用紙に書くのはちょっと、と思うような俗っぽい表現も見られ、そこが面白いともいえるし、不揃いだという印象も。「花伽藍」「燦雨」に出てくるシャンソン「ろくでなし」が作品世界にぴったり。知ってますか、ろく〜でな〜し〜♪

  和田 啓
  評価:A+
   「女の体の中には、一枚の地図が埋め込まれている」という。快楽の記憶の地図。底抜けに恐ろしい比喩だ。噛みちぎれる位、舌を吸いあうエロスの奔流がただならぬ気配をもって現出している。中山可穂が描く愛の世界は激しく執拗しかも正確無比だ。女流作家らしい曖昧模糊な表現が皆無、ただただ情念の行き着く真実を炙り出している。ぼくたちは一人ひとりが孤独だ。孤独だから相手を求める。しかしながら関係性を維持するには互いが自立しあわなければならない。「一番の幸せは一番の不幸とつねに背中あわせ」だと文中にある。鮮烈な美に心の奥底から慰撫されるだろう。衝撃を受けました。