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東京物語

東京物語
【集英社文庫】
奥田 英朗
定価 650円(税込)
2004/9
ISBN-408747738X


  岩井 麻衣子
  評価:B
   1978年、故郷名古屋を出て上京した久雄。彼が東京で過ごした80年代から6つの日々を切り取った連作短編集である。流れる世の中と共に、彼女ができたり、仕事に忙殺されたりといった久雄の東京ライフが描かれている。この時代を久雄と同じように過ごした人や、故郷を離れ学生生活を送った人、バブル期に就職し浮かれ気分を味わった人には、自分の青春を懐かしく思いださせる物語であろう。私自身は、久雄より10年遅く大学生になった。そして、ほとんどが結婚するまで親元から離れないという土壌で育った関西女子であるためか、久雄の東京に共感できることはない。しかし、本書を時代に関係なく、大人へのステップ小説として読んだとき、劇的に変化があるわけでもなく、少しずつ生活が変わり、ある日ふと、ちょっと大人な自分に気づく久雄に自分を重ね合わせることができるのだ。そんな風に本書からは久雄が感じたり体験したりすることがリアルに香ってくるのである。

  斉藤 明暢
  評価:A
   正直こういう話は胸にこたえる。地方から(名古屋の人は自分のとこを「地方」とは思っていないかもしれないが)出てきて、大した根拠のないプライドとか夢とかを抱えて過ごし、いつの間にか「オレはこんなんで良かったんだろうか」などと瞬間的に思いつつも中途半端に歳をとってしまったことに気づいてしまう自分。ここに描かれているのは自分と同じ種類の人間かもしれない、などと思ってしまったが最後、いちいち主人公に投げかけられる言葉やエピソードが胸に突き刺さってくるのだった。
 何とか日々を生きつつも、突然何かを思いだしてしまった時と同じくらい、読んでいて痛い話だった。

  竹本 紗梨
  評価:A
   70年代に青春を過ごし、80年代にオトナになっていく…そんな年代を周りの空気感ごと丁寧にすくい取った青春小説。名古屋出身の田村久雄は大学を受験し、キャンディーズの解散コンサートの日に名古屋から上京する。演劇部に入り、状況劇場やつかこうへいの生の舞台を、同じ空気を体験する。大学を中退して、小さな広告代理店に入社し、ジョン・レノンが殺された日には東京中を駆けずり回り慌しく仕事をこなしている。夜空に向かい『イマジン』を唄う。つきまとう将来への不安と、それでも楽しい日常。主人公と同じ気持ちを共有し、共感しながら読み進めていけるのは、久雄と自分が同年代だからだけではない。その丁寧な描写と久雄の細かい心の揺れがとてもリアルに感じられる。湾岸戦争の年に中学生になり、ミレニアムの年に社会人になった。世代は違っていても、心の動きに共感できる。私も今から大人になっていけると、年だけは大人になったけれどすんなり思える小説だ。

  平野 敬三
  評価:AA
   少し前の話だが、何かの式典に奥田英朗の代理で松尾スズキが出席しているのを知り、「あのふたり、仲いいんだ」と意外な組み合わせに驚くとともに、けっこう笑いのセンスが似てるもんなと納得した。奥田英朗の自伝的青春小説である本作は、『最悪』という、読者にものすごい圧迫感を与える傑作群像劇では片鱗すら見せなかった奥田の笑いの才能がもっとも効果的に発揮された作品といえる。刹那的な共感、明日への根拠なき希望、「今」を謳歌する充実感、不安を押し込めるためのばか騒ぎ、そして自己を見つめる真摯なまなざし。そんなものに溢れたまばゆいばかりの日常をストレートに描きながら、そこに必ず爆笑必至のシーンが挿入されている。それは奥田の照れでもあろうが、同時に彼の「生き方」みたいなものが重なっているのだろう。生きていくうえで大切なことは、いつだってバカバカしさをともなっていることを知っている人は素敵だと思う。この物語は、平凡な青年が素敵な大人になるまでの、ぶざまでありふれた輝かしい日々をつづった素敵な小説である。青春が終わって人生が始まる――。いい言葉だなあ。

  藤川 佳子
  評価:AA
   直木賞作家・奥田英朗の自伝的青春小説。18歳で名古屋から上京した久雄青年の29歳までを描く短編集です。どんなに凄い人でも、青春時代って自分と同じような経験をして、自分と同じようなことを考えて悩んだりしたんだな、と思うとちょっと嬉しくなりませんか? とくに、コピーライターとして十分な成功を収めている久雄の「たぶん自分は、二十九歳にもなって、将来は何になろうなどと考えているのだ」という言葉にハッとしてしまいます。自分のモラトリアムを肯定してくれるような…、いやいやそんな後ろ向きな考えは置いておくとして。世界がどうなろうとも、未来は明るい、そういう信じがたい真実をストレートに教えてくれる一冊だと思います。

  和田 啓
  評価:C
   一地方人の初々しい上京物語。1970年代後半〜80年代後半、バブルに沸くまでの10年の東京が描かれる。慣れない下宿での一人暮らしから始まり、大学を経て、好景気という時代をバックに主人公は社会人としてもイッパシになっていく。もちろん恋もする。魅力的な女性、洋子さんとのその後を知りたいのだが時は移ろい、次章では巧みに消えている。散りばめられた時々の風俗も興味深い。ジョン・レノンに、状況劇場、有楽町マリオンのオープン、釜石松尾の引退試合など時代を感じさせるのだが、さして効果的なインサートではない。ジクソーパズルのように現代から故意に当て嵌められたという印象が拭えない。奥田作品は個人的には好きだが本作は珍しいハズレだ。