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勝手に目利き
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笠雲

笠雲
【講談社文庫】
諸田 玲子
定価 680円(税込)
2004/9

ISBN-4062748584


  岩井 麻衣子
  評価:A
   江戸末期に侠客として名を馳せた清水次郎長親分。維新後は新田・油田の開発、海運会社の設立などに乗り出した。本書はそんな次郎長親分の富士山麓開拓事業を取り仕切った一番の子分大政・政五郎を中心とした物語である。切った張ったの緊張生活がなくなり、自分を持て余し気味だった政五郎は親分の命令で囚人たちを率いて開拓に乗り出す。政五郎は侠客として生きてきた自分が囚人たちを使うということにいま一つ納得できないながらも着々と開墾を進めていく。そんなある日、古参の子分・相撲常が変死し、囚人が逃亡するという事件が起こった。従わない部下や大風呂敷を広げて帰ってしまう上司(次郎長)に振りまわされる政五郎の中間管理職的な姿がとても面白い。事件の首謀者・おじゅうが過去に囚われ破滅していくのに反し、時代に取り残されそうになりながらも、家族や仲間に支えられ人生を一歩ずつ歩いていく政五郎の姿にほんわかさせられる。最後まで無駄な脂肪のないすっきりとした味わいを持つ一冊である。

  竹本 紗梨
  評価:A
   明治維新で世の中も変わり、世捨て人のようになってしまった政五郎も、幕末は清水次郎長一家の一の子分で、ケンカに博打にと勇名を馳せていた。のらりくらりと世をすね生きていたが、次郎長を始め、周囲の人はそんな政五郎を見捨てずに、富士山麓の開拓という大事業を任せた。新時代に入り、人の考え方も生き方も変わっていて、その中で生き抜くのは大変苦しいことだ。そしてそんな苦しい中、必死に努力をする政五郎をあざ笑うかのような事件が起こる。激変の時代を一緒に過ごしてきた相撲常が恋に落ちる。一生一度の大恋愛、しかしその想いを利用され事件が起こってしまうのだ。誰もが強くない、不器用だけれど、誠実な人々の気持ちが温かい。「時代遅れ」が何だというのだ、と気持ちまで温かさにつつまれる1冊。

  平野 敬三
  評価:A
   時代小説でここまで強烈なオリジナリティを持った作品も珍しい。まず、主人公の政五郎の描き方がいい。この作家にかかると、迷いも弱気も言い訳も、物語の最後にはすべてがその人物の魅力として収斂されていくのである。ただマイナス面を描けばいいというものではなく、そこに自己との対話が常にあることがこの作品にひとつの柱を与えているのだ。弱き人間が、強くなろうと強くなろうともがくところに、物語の感動は生まれる。たとえば、ラスト近くでの政五郎の台詞。「だれだって潔く生きちゃあわ。とんがって生きちゃあわ。そいつが出来にゃあから、あっぷあっぷしてるんだわ。じたばたしてるんだわ」。飲み屋でサラリーマンのオヤジが呟いていそうなこんな台詞を、すーっと読み手の胸にしみ込ませる作者の力量は見事というしかない。解説の高橋克彦氏は「これはもしかすると同業者にしか分からない凄さかも知れない」と書くが、そんなことはない。一般の読者にも、十分すぎるほどその凄さは伝わってくる。

  藤本 有紀
  評価:C
   例えば蝮。蝮はつがいで行動する、蝮の刺身、蛙vs蝮、蝮の肝は精がつく、など蝮についてはさりげないながらも繰り返し書かれるからなにやら引っかかる。例えば羊羹。冒頭から登場し、ただの菓子らしからぬ存在感が漂う。ああひょっとして、何かあるの?
 明治維新直後、新しい時代の波に乗れない清水次郎長の跡目・政五郎がいる。仕切り直しの人生を画策する葉茶屋の後家・おじゅうがいる。二人の間に、おじゅうの継子・佐太吉、政五郎の剣客時代からの仲間・相撲常がいる。政五郎が仕切りをまかされた富士開拓をめぐって男と女の運命の糸が交じりあうのだが……。地味な心象描写が持ち味なのだろうか、話が勢いよく沸点に達してくれない。しかし何でしょう、家庭と仕事に悩めるお父さんのための実用書を読んでいるような気になるのはなぜなの?