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象られた力

象られた力
【ハヤカワ文庫】
飛浩隆
定価 777円(税込)
2004/9
ISBN-4150307687


  岩井 麻衣子
  評価:B
   1980年代から90年始めに発表された4つの物語が今回大きく改稿され収録されている。一時期商業誌から作品が消えたこともあり、その道では「知る人ぞ知る」人物として伝説と化していたらしい。強烈なファンが10年も存在しつづける小説家の作品ってとものすごく期待を持ち読み進めたのであるが、巻頭作品「デュオ」でぐぐっと引きつけられた。ミステリー・ホラー色の強い本作品は、SF作家としての作品の中では異種なものだろうが、一般人の心をぐいっとつかむ力を持っていると感じた。過去の作品を文庫再出版するにあたり、この作品を巻頭に持ってくることで、SF好きでもない新しいファン層を得たのではないだろうか。残り3つはああSFだなぁと思える作品だがその世界感がすーっと体に入ってくるような気さえしはじめる。これは出版社の思うツボか。2002年に久々に発売されたという「グラン・ヴァカンス」を早速読んでみようと思わせる一冊であった。

  斉藤 明暢
  評価:B
   やはり一番印象的なのは表題作の「象られた力」だった。図形言語の文様が生み出す力と破滅の物語だが、乱舞する図形言語のイメージが刺激的なので、アニメーションにしてみても面白いと思う。
 物語はSFマインド溢れる濃いめの味付けだが、メインの物語を挟んでいる説明というか「遊び」の部分が、少々唐突な気もする。初出からかなり手が加えられたらしいので、あるいは後から加えられた部分なのかもしれない。サイコホラー調の「デュオ」でも同じような構成を取っているので、あるいはこれが作者のスタイルなのかもしれない。

  竹本 紗梨
  評価:A
   収録作「デュオ」。最初に収められているこの話には、思い切り引き込まれて、そしてすこんと異世界に置いていかれた。双子の天才ピアニスト、デネスとクラウス。その調律士として、もとピアニストのオガタイクオが呼ばれる。双子の弾くピアノの音色はまさに天才、その描写の豊かさには、本という紙を通してもうっとりとさせられる。しかし、デネスとクラウスの音色の中に、異なる「死の香り」をかぎつけたイクオは、死の音を支配するものと直接対決する。そしてイクオは、双子だけの音を取り戻すのだが…。ここからの展開には、背筋に冷たいものが走る。音は、想いは自由自在なのだ。展開の見事さに、読んだ後も楽しませてもらった。

  平野 敬三
  評価:B
   とにかく一番はじめの「デュオ」は必読。とろっと濃密で不穏な空気が漂う、居心地の悪いような、それでいてひどく魅力的な異世界に吸い込まれるように惹かれていった。ホラーとSFとミステリーとねじれた恋愛小説の要素が絶妙のバランスで混ざり合って、本当に興奮した。ドキドキした。これ単品なら文句なしのAAだ。だけど、残りの3作品はSF色が濃すぎて、正直かなり辛い。作者のアイディアの奇抜さに読み手の凡庸な想像力が追いつかないのである。SF好きは、こういうのも難なく読めるのだろうか。ただし、「難解」というのとはちょっと違う。事実、3作品とも再読してみたいという欲求は確実に残してくれている。不思議な作家だが、願わくば「デュオ」のようなSF色の薄い作品をもっと読みたい。

  藤本 有紀
  評価:B
   奇形のピアニスト・グラフェナウアーズとその天才の喪失の物語「デュオ」にまず驚かされた。欧州で調律師をする緒方行男は、かつての師・サヴァスターノの紹介で双子のピアニストに出会う。双頭の、といったほうがいいかもしれない。頭はふたつ、肩から下は一体というグロテスクな容貌のデネスとクラウスが弾く音楽は行男を、すべての聞き手を魅惑する。礼儀正しく朗らかな彼らに、だが行男は初対面で嫌な気配を感じる。猫が毛を逆立てて全身で警戒するように……。語りのテクニックもひねりが効いているし、なにより、上品な文章に感嘆する。ハヤカワJAは趣味ではない、と思っている読者にこそ読んでもらいたい。
 続く3作品は一転SF色の濃いストーリーだが、SFファン以外でも疎外感を味わうことは少ないだろう(疑問符はそこここに浮かぶが)。食い付きのいい短めの短編から並んでいるのも入り込みやすい。