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体の贈り物
【新潮文庫】
レベッカ・ブラウン
定価 540円(税込)
2004/10
ISBN-4102149317
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
岩井 麻衣子
評価:A
エイズ患者のホームケア・ワーカーとして働く「私」と患者たちの交流が描かれる11の連作短編集。死を迎える末期患者との心温まる交流でもなければ、「私」が患者たちから力をもらい成長していく物語でもない。ただ、実際に「私」が体験する出来事が綴られている。一冊隅々にわたって「死」の匂いが漂うが、お涙頂戴で冷めることは全くなく、ただ心にそっとおかれた悲しみのイメージを味わう作品である。直らない病気に冒され迫りくる死を待つ患者や、それをどうしようもなくただ見つめるだけしかできない「私」の苦悩がひしひしと伝わってくる。「生」というのはただうれしく華やかなものであるが、「死」というものは本当にただ悲しいものなのだ。「死」もまた日常だけれども、人々にとって大きな出来事なんだなということが、淡々と語られる「私」の生活を通して立ち昇ってくる。ドラマティックな展開はまるでないからこそ、人間というものに深い愛情を抱かせる作品である。
斉藤 明暢
評価:B
重い病に侵された人の日常生活の手助けをするホームケアワーカー、という主人公の立場を理解するのに、少し時間がかかった。啓蒙的な言葉や説教臭いセリフもなく、何故そうしているかの説明や主人公自身の背景説明は断片的で、淡々と日常の生活と出来事、そして死へと向かっていく人々の暮らしが描かれていく。
全ての副題に「贈り物」とつけられている通り、主人公は奉仕しつつも、常に何かを受け取っている。あるいは受け止めざるを得ないのだろう。
自分の身も心もすり減らしつつ何らかの活動に身を投じる人々には、感嘆しつつも理解しきれない部分があるが、その人をそうさせている何かについて、ほんの少しでも想像したり感覚を共有できるとしたら、それだけでも本書を読む価値はあると思う。
竹本 紗梨
評価:AA
最初はただの淡々とした日記なのかと思っていた。だけど、ホームケアワーカーの私は全力で「普通の生活」を守っていた。HIVに感染された人たちは、「私」にとって大切な人間になりかけると、はかない贈り物を残して、旅立っていく。そんなことの繰り返しに彼女も力尽きかける。人が亡くなるのを看取ると「アウトテイク」と呼ばれるカウンセリングを受けるが、どれだけ周りが配慮をしてくれていても、心に大きく開いた穴はふさがらない。でも人は生きているだけで、存在するだけで大きな力を発揮する。それは例えば、リックが用意したシナモンロール、コニ―の優しい気遣い、マーガレットのおびえのない強さ。人間の尊厳を静かに描ききって、読後なにか力がわいてくるような、そんな連作集だ。
平野 敬三
評価:A
再読にも関わらず、なんと哀しい物語だろうかと、読み終えてからため息を吐いた。読み終えてしばらく経った今でも、油断をするとひたひたと哀しみが迫ってくる。大切ななにかを失ってしまったときの、あのぽっかりとした心の有り様を、ただただ淡々とレベッカ・ブラウンは描く。大切な何かを失いそうな予感とはちきれそうな不安感を、そしてひとりの人間から何かが失われていく様を、急がずゆっくりと丁寧に描いていく。シンプルな言葉で語られているが、ゆっくりじっくり読み進めることで、いくつもの感情や風景があふれてくる。あからさまに感動的な場面や、やりきれなくなるような哀しげな描写は、ほとんどない。死と隣り合わせのエイズ患者やソーシャルワーカーたちの心が、ほんの1ミリ動いた瞬間。そこにこそ最大のドラマがある。そんな微妙な心の移り変わりの描き方が、この作者は本当にうまい。以前、『婦人公論』の書店員のお勧めみたいなページに「人を思いやるということについてしみじみ考えさせられる傑作」というようなことを書いたが、そんなシンプルな物語ではないことが分かった。何度も読み返したいと思う。
藤本 有紀
評価:AAA
死に向かう病人の強がりや、飢え、諦めたような微笑み、匂い、といったものがどれだけかけがえのないものであるかが伝わってくる。病気で親しい者を失うことの悲しさが心にしみる。エイズ患者のホームケア・ワーカーは、病人の家で家事を手伝い、体を洗ってあげ、話をし、ときには抱きしめたり、なぐさめたりする。そうして友人のようになった相手が死ぬことのダメージは深いが、死んでいく者も同じように友人を失うことを悲しんでいる。リックと”私”がかわす「アイ・ミス・ユー」(「言葉の贈り物」)は切なくて、切なくて、涙が出る。親しい者が痩せ、弱っていく姿は見るに耐えない。そうしているうちに死んでしまったうちの父はあるとき病院の食事について「アメリカン・ブレックファストだったらいいのにな」といっていたよ。病死をテーマにしていながら余計な湿っぽさがない、淡々とした文章で静かに深い感動に導く作品。
和田 啓
評価:C
ホスピスという特異な状況下で謳われる連作小説集。柴田元幸訳作品はすでにそれだけでブランド。死を前にした個性溢れる人々との交流を通じた、古いようだが現代にも通底するアメリカの善意や好意性が全篇から漂っている。しかし、わたしは日本人であり文字は心をかすめては通り過ぎていくばかり。ブルーベリーをどさっと添えたパンケーキ、百パーセント純粋バーモント・メープルシロップの描写に唾液は喉を伝わり、使い込んだ綺麗なタオルやシーツと洗顔用クロスから想見した、今も昔も変わらぬよきアメリカの部分にむしろ憧憬にも似た想いを抱いてしまった。