年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

抑えがたい欲望

抑えがたい欲望
【文春文庫】
キ−ス・アブロウ
定価 1,050円(税込)
2004/9
ISBN-416766173X


  岩井 麻衣子
  評価:C
   大富豪の生後5ヶ月の娘が窒息死させられた。素行のよくない養子の兄が関与を疑われ、彼の鑑定を依頼された法精神科医クレヴェンジャーが捜査に参加する。大富豪、美貌の妻、養子になった少年2人。クレヴェンジャーは被害者の家族に会っていくにつれ、外からは見えない妙な緊張感が家族の間に存在することに気がつく。非道な罪を犯したのはいったい誰なのか。最後まで二転三転し、真犯人がわからないストーリーはミステリーとしてとても楽しめるものである。しかし本書の魅力は登場人物たち全てが抱える悩み多き人生ではないだろうか。全員が辛い過去を持ち、それゆえに歪んだ思いを抱いている。グレヴェンジャーが事件を解き明かすにつれどんどん明るみに出てくるのである。また、グレヴェンジャー自身が悩める人妻にはまっていく姿に、何故自ら苦しい人生に〜と叫んでしまうのだ。ラストに救われるような気もするが、それまでの重い内容に今後の運命が心配でたまらない。

  斉藤 明暢
  評価:B
   ミステリの定石を否定するようでなんだが、いかにも腹黒そうな奴や、一見無実の被害者風だが何か裏がありそうな人々、その誰が犯人だかわからない状況というのは、何ともストレスがたまる。もっとも好きな人はその感覚が刺激的なのだろう。
 疑わしい中の誰が真犯人だったとしても、スッキリとした気分にはならないだろうな、という予感があったせいで、そんな気分になってしまったが、個人的には案の定、その通りになってしまった。
 灰色の世の中に生きつつも、せめて物語では鮮やかにカッコ良く善なるものが勝利して欲しい、などと妄想してしまう私は、そもそもミステリなど読むべきではないのかもしれない。結構好きではあるのだけど。

  平野 敬三
  評価:AA
   悩みをかかえた女性ほど心を動かされる相手はいない──。帯紙に引用された一文にこの作品の魅力は凝縮されている。ほんと、そうだよなあ、と思ってしまう人にとっては極上の物語となるだろう。登場人物たちがかかえるトラウマが云々という部分はまったくどうでもよかったが、今にも壊れてしまいそうな社長夫人・ジュリアに惹かれていく主人公・フランクの心の動きは思いっきり腑に落ちた。「それは恋とは呼ばないのだよ」と危ぶみながらも、一方ではそれがたまらなく切なく眩しかったりして。絶望に満ちあふれた世界に、いくつかの小さな救いを咲かせていくラストは、それが不確定な不安要素を内包しているが故になおさら美しく感じる。サイコ・サスペンスというよりは、もっと幅広い読まれ方が必要な傑作と思う。続編や前作(本作はシリーズ3作目)の翻訳を待望する意味でもAAをつけさせてもらった。それにしても帯紙を見た妻に「あなた、こういう話、好きそうだもんね」と言われてしまう僕って一体、という気もする。

  藤川 佳子
  評価:B
   ヒーローにはやはり、ヒーロー然としていて欲しいのです。精神科医フランク・クレヴェンジャーが活躍するハードボイルド。このクレヴェンジャーがですね、精神科医のくせに、幼い頃、父親から虐待された経験を持ち、いまだにそのトラウマから脱していないのです。困っている女性がいると放っておけなくなってしまうという妙な性癖を持ち、警察の鑑定医という立場にもかかわらず、事件の重要人物と一線を越えてしまう…。この物語には、数々の飛びきりの美女が登場するのですが、その描写がどれもイヤらしくて、もうこのオッサンをエロオヤジとしか見ることが出来ない! どうも美人がたくさん出てくる小説というのが個人的に気に入らないみたいです。美人好きにはオススメ。

  藤本 有紀
  評価:A-
   トラウマを抱える精神科医が、トラウマティックな人物だらけの一家で起こった犯罪捜査にのまれていく。ボストン近郊・ナンタケット島の富豪の家で双子の乳児のひとりが死んだ。検察の標的は一家の二番目の養子・ビリー。精神科医フランク・クレベンジャーは、2年前の陰惨な事件以来、法医学の仕事を遠ざけてきた。だが、当時の相棒でナンタケット警察署長・アンダースンの直感は犯人はビリーではないといっている。そこでふたりが邸を訪ねると、主人ダーウィン・ビショップが語るのはビリーの人格障害を裏付ける三大要素ーもうお解りでしょうか? 動物虐待・放火そして夜尿症ーについてだった。ダーウィンの妻・ジュリアに頼られ、その美貌にゆさぶられるフランク。
 PTSD、肉親の惨殺、DV、大人から子供への性的なまなざし、親による暴行・無視・強度の支配などの虐待、アルコール・薬物依存といった見えざる病巣に介入していくこと。これがフランクの正義だ。今後、さらに社会病質的な事件も扱っていきそうな、またそうしてほしいような気がする。

  和田 啓
  評価:B+
   赤ん坊を殺された晩、家には五人の人間がいた。ダーウィン・ビショップと妻のジュリア、息子のビリーとギャレット、ベビーシッターのクレア・バックリー。複雑難解を極める家族体系。衝撃のラストに辿り着くまで、法医学を専攻した主人公の精神科医は情けないまでに美貌の人妻に翻弄されっぱなし。「男が夢見るのは、自分に身を任せてしまう女ではなく、自分をしっかりと抱き締めて自信を持たせてくれる女、男としてのあらゆる面に、同等かそれ以上のレベルで女として対応してくれる、そんな女を見つけることだ」。
感傷的な主人公に同情はするが最後は女の現実というものを嫌というほど見せつけられる。イェイツの詩が効果的。