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勝手に目利き
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ブルータワー
ブルータワー
【 徳間書店 】
石田衣良
定価 1,785円(税込)
2004/9
ISBN-4198619182
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  朝山 実
  評価:C
   悪性の脳腫瘍だと宣告された主人公が、発作のたびに意識だけが二百年後へトリップし、飛んだ先はテロと蔓延するウィルスによって今にも崩壊寸前。そんな未来世界を彼は救おうとするという話だ。
 意識を喪失している間だけ彼は未来にいて“闘う人”となり、目覚めるやカウントダウンの現実に立たされる。行ったり来たりで、彼を必要とする未来は実体のない、現実逃避の脳内世界なのかも。そんな想像もわいてくる。なにしろ現実にもどれば、妻が同僚の男と不倫をしている。知りたくもないことを知る。やりきれない主人公。反動もあってか、未来では助っ人衆に背中をおされ、いつしか救世主へとまつりあげられる。
 未来がほとんどいまの時代の圧縮コピーにしか見えないのは、作者の意図するところだろう。ひとを救わんとする行動によって、すさんでいく一方だった男の心も救われる。進むほどに困難に遭遇する双六バトルに戦慄はしないが、タイムリットが設けられている話だけにハラハラはある。「救済」をテーマにしてきた作者の特質が反映されたSFファンタジーだといえよう。

 
  安藤 梢
  評価:A
   うまい……。あっという間に200年後の世界に引き込まれてしまう。核と生物兵器によって住むことのできなくなった地表からそびえ立つ高さ2kmのブルータワー。科学技術が発達した時代でさえ、人々は戦いを繰り返し憎しみを燃やして生きている。しかしどんな世界にも希望はある、とこの小説は言う。不安と憎しみに染まった地表から見上げるブルータワーのイメージが、読み進むに従って鮮やかに浮かび上がる。
過去を振り返り、あの時ああすればよかったのにと思うことはよくあるが、今目の前で起こっていることが100年後、200年後に繋がっていると想像することはあまりない。未来への想像力をなくすことの危険をはっきりと見せられたような気がする。未来都市の設定は細部まで魅力的である。防御服を着たり脱いだりする場面が一見まどろっこしく感じるが、ウイルスの恐ろしさと共に丁寧に描かれている。
 余談ですが、本書発刊前に偶然著者をお見かけして声をおかけしたところ、「SFはすらすらとは出てこなくて大変だったよ」とおっしゃっていました。とてもそうとは思えない完成度ですよ、石田さん。

 
  磯部 智子
  評価:D
   テンポよくサクサクと読めるお気楽なYA向きのエンターテイメント作品と思えば良いのだろうか? 末期の脳腫瘍で余命2ヶ月足らずと宣告された43歳の瀬野周司が激しい頭痛の中、意識だけ200年後のセノ・シューの中に飛んでしまう。こちらの世界でも2億数千万と査定される高層マンションに住む彼はあちらでは高さ2キロの塔の中、相次ぐテロと黄魔と呼ばれる危険なウィルスが蔓延する暴発寸前の超階級社会の最上層に住む支配者階級。さてこの膿んだ世界を救うのは伝説の「嘘つき王子」、で後はご想像のように「王子」はお供を引き連れSF水戸黄門的な展開になる。この甘い設定のうえ更に周二の部下と通じる冷たい美貌の妻と、肉体と涙を提供する都合のいい若い女2名(あっちとこっち各1名)という女性像に鼻白む。17年間もの結婚生活すら一方的に総括する、人間としてあまりに幼い男が振りかざす正義感は、バーチャルの域から出ない感情の模倣で、9.11に触発されたという作家の言葉と裏腹に平穏無事な足場があってこその男のナルシズムの結晶、ごっこ遊びだと強く反発してしまう。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   はたして今から200年後にはどんな未来が待っているのだろう。子供の頃、絵本で見たバラ色の社会はさすがに夢物語だとしても、「ブルー・タワー」の中で描かれる23世紀には、ホントにこんな悲惨ですさんだ世界が待ちうけてるの?と、思わず身ぶるいが……。
 脳腫瘍で余命わずかとの宣告に、追い討ちをかけるように妻の不倫を知らされ、失意に沈む瀬野周司がタイムスリップした200年後の東京は、ウイルス戦争を経た死の世界。病原菌から隔離された「ブルー・タワー」に閉じこもって暮らす人々と、ウイルスが蔓延する地表での生活を強いられる「地の民」が、救いのない殺戮戦争をくり広げる。
 周司に課せられた役回りは、荒廃した世界の救世主。あまりの重荷に、自分に何ができるのか自問自答する周司だが、命を投げ捨てて闘いにおもむく人々の姿に背を押され、愛する人に支えられ、徐々に自信を回復し、使命を全うすべく突き進んでいく。
 中盤以降の戦闘シーンは、圧巻の一言。自らの命をかえりみない戦士たちの姿には、涙さえ誘われる。最後の最後で、筆が急がれたか、やや尻すぼみ感を覚えさせられたのが残念だったけど、それでも十二分に読みごたえアリ、でした。

 
  三枝 貴代
  評価:D
   瀬野は脳腫瘍を患って死を待つだけだ。美しい妻との関係はとうに冷え切っていて、彼女はかつて瀬野の部下だった男と浮気している。希望を失い、妻の不貞に怒ることさえできない瀬野は、腫瘍の痛みの中、二百年後の世界に飛ばされる。その世界は黄魔という病によって地獄の様相を呈していた。
 これをSFだと言ってしまえば、SF出身の作家さんたちは怒ってしまうでしょう。ここに描かれている未来は、中世ヨーロッパと現代社会のパロディとを足して割ったような姿で、SFの人たちが期待するオリジナルなものではありません。科学的な説明も、作者の知識に妙な偏りがあって、矛盾が生じ、アンバランスです。登場人物たちの考え方もなんだか変。こんなわけのわからない世界を、どうしてそんなにあっさり現実だと思うのでしょうか。わたしは納得しないぞお!
 ということで、石田さんの書く爽快な登場人物たちは、現実という制約があったほうが、その自由さが輝くのではないかなあと思ったしだいです。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   個人的にはあんまり好きになれなかった。作者本人が、あの9.11に触発されてこの物語を書いたと語っている。何度も何度も繰り返し、主人公は二つの塔が崩れる様子を思い浮かべる。ちょっとくどい…。のはいいとして、主人公の女性観がすごくイヤなのだ。美しいだけで冷たく、かつての部下(または友人)と密通し、主人公の財産だけに固執しているように描かれる妻と、何も持たない主人公に献身的に愛を捧げる、魅力的で心が優しくて、すぐに裸になるかわいらしい若い女。この対比が…!! 相手は財産だけが目当てでも、主人公は顔だけが目当てだったんでしょう。そのあたりがとにかく引っかかって頭から離れないから、主人公がどんなにヒーローっぷりを発揮しても…。
 ラストもちょっと受け容れられない。しかも最後のセノシューの台詞! わたしがもしもセノシューだったら、こんなことは絶対に言えませんよ!!

 
  福山 亜希
  評価:B
   舞台は200年後の東京。世界を震撼させたウィルス「黄魔」から逃れるために、高さ2kmの巨大な塔のなかに、人々は閉じこもって暮らしている。しかし塔の中であれば平和で安全かと言えばそういうわけではなく、そこには厳しい支配関係が成り立っている。塔の上層に住む一部の者が、下層に住むものと塔の外に住む者を支配しているのだ。ウィルスの恐怖と、支配する者とされる者との危うい均衡が崩れそうなスリルがテンポ良く、一気に読了した。
 作者自身もあとがきで語っているが、この塔はテロで攻撃を受けた世界貿易センタービルをイメージしており、物語も9.11のテロに強い影響を受けて創られたという。このあとがきを最初に読んだのがいけなかったのか、崩壊する塔を主人公が繰り返しイメージする部分には、少しくどさを感じてしまった。また、正義と悪がはっきりと分かれていて、悪者がわかりやすすぎるのも、設定としてやや魅力に欠けたような気がする。