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勝手に目利き
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流行歌
流行歌
【 新潮社 】
吉川潮
定価 1,890円(税込)
2004/9
ISBN-4104118044
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  朝山 実
  評価:C
   西條八十といえば「野性の証明」のジョー山中の唄声でしょう。というか、それだけしか知らなかった。だもので、いやーまあ、びっくり。神宮球場で傘もって歌い踊る「東京音頭」も西條八十の作詞だとか。フランス文学者にして詩人で、流行歌の作詞を手がけた。マルチ文化人の先駆け的な存在であったらしい。唄の数も相当なもの。「母さん お肩をたたきましょう」の童謡から、村田英雄の「王将」(うちの母ちゃんはいつもテレビの真ん前で聴いていました)まで。戦時中には「同期の桜」などの軍歌のヒット曲もいっぱい。
詞がひらめく瞬間も面白いが、書き換えを要求されたときにすらすら直してしまう。アーティストというよりは職業人。作者はときに西條本人のイタコのように作詞のいきさつから娘や妻、母たちとの交歓を語っていく。逸話の配置がうまいです。

 
  磯部 智子
  評価:C
   「西條八十」さいじょうやそと、ちゃんと読めるのだから知っているような気もする世代
である。帯の「あなたの胸を今も熱くする名曲をつくった」となると、かなり年代を限定する事は否めないが。大学でフランス文学の教鞭をとり、詩人でもあり、又「流行歌」の作詞家という芸術と大衆文化の間を行き来した昭和のマルチ人間である。それに本作の作家・吉川潮(うしお)の名付け親でもあり敬慕にみちた筆致で描かれている。その為か、何ともスッキリと洗練された粋な人物として描かれ「知られざるもうひとつの顔」とか「壮絶な創作の秘密」といった類のものではない。同時代の詩人達との確執も紳士的な範疇に止まり、神楽坂の芸者との色恋沙汰にも、夫人の春子は泰然としており、時代といわれればそれまでだが、猜疑心の強い人間にとってはそのまま受け入れるにはいささか抵抗がある。それなら読みどころは、というとやはり激動の昭和史になるのではないかと思う。歌は世につれ世は歌につれ、流されていくのも又致し方ないことなのか。

 
  小嶋 新一
  評価:B
   副題が「西条八十物語」。タイトルが示すように、フランス文学者であり、詩人であり、作詞家であった西条八十の生涯を、歌謡曲(流行歌=はやりうた)作詞家という面にスポットをあててたどった伝記。
 正直言って、西条八十には何の興味もなかったし(失礼!)、そもそも評伝の類はほとんど読まないので、こういう機会でもないと手に取ることがなかったはずだが、読了して、自分の視野の狭さに恥ずかしくなってしまった。いや、実に面白いんです、これが。
 八十が大衆歌作家として大成し、斯界の重鎮として活躍していく様が、いろんなエピソードを交えつつ、イキイキと描かれる。やはりこれだけの人となると、凡人とは違い山あり谷あり、人生いろいろあるんですね。家族にたっぷりと筆がさかれているのも嬉しい。家族に支えられ、家族を支えて、人間は生きていくんだよなあ、と改めて気づかされる。八十が娘を亡くすシーンでは、不覚にも涙があふれてきてしまった。
 昭和中期までの歌謡曲史としても読めるし、また、当時の風俗についても詳しく描かれており、そうした面でも楽しむことができる一冊。

 
  三枝 貴代
  評価:C
   わたくしが名古屋大学にいた当時、理学部に西條さんという教官がいらっしゃいました。指導教官がセミナー講師をお願いした際、彼が八十の孫だとうかがいました。驚きました。ペンネームだとばかり思っていた西條八十という名前は本名で、その孫が西條八○さんなんですから。
 そんな、八十に関するトリビア満載の評伝です。あの歌も、あの歌も、みんな八十の作詞だったのかと、その作風の幅広さに驚かされます。ほんまものの天才です。しかし、八十という人は文学者には珍しく、非常にまっとうな人であったらしく、他の詩人のようなとんでもなく人迷惑なエピソードはありません。というか、書き手が八十をかなり尊敬しているので、たぶんあっても書かれていないのでしょう。その辺は期待しないでください。
 著者の文体は淡々としていて、事実をありのままに伝えているだけといった風情です。有名人の名前も、続々と、しかし淡々と出てくるので、かえってそのぞんざいさに驚くかもしれません。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   膨大な数の西條作品を紹介しつつ、その有名作品ができた裏話を交え、西條の人となりを描いている力作。つねに”大学教授でありながら低俗な歌詞を書いて…”という批判に晒されつつも、その信念を曲げることがなかった西條。「低俗」な歌こそが人の心に沁みることもあることを西條は身をもって知っていた。「へぇ〜」ボタン連打しまくり。
 でも、小説として読むと、とにかく膨大な数の有名作品を追いかけて行くだけですごいボリュームだから、その分西條の人生の掘り下げ方が浅くなっている気がする。どうしてもこういう形になってしまうのかしら。
 個人的には、この本を読んで、西條八十ってすごい多作なのね…あれもこれも有名な作品はみんな西條の作詞だったのね…へえ、こんなこともしてたのね…と感心はしても、西條自身に非常に惹きつけられる、ということにはならなかったのが残念。

 
  福山 亜希
  評価:B
   題名と本の帯を見た時にとても興味が湧いて、非常に期待して読んだ。数々の大ヒット流行歌をこの世に送り出した、作詞家西条八十の人生を追う伝記的小説だ。物語は、最初から西条八十の鮮やかなイメージを読者に与えながら進んでいく。特に、後に妻となる女性との出会いのシーンは素敵だった。また、銀座の柳をこよなく愛する、粋な江戸っ子 西条八十が、銀座を散歩しながら作詞の構想を練る場面では、作詞活動に没頭する八十の息吹きが文と文の間から伝わってくるようで、物語に臨場感があった。八十の発する台詞の端々からもその人柄が感じ取られて、どんどん大作詞家の人生に迫っていく迫力がある。
 ただし、後半あたりから物語は少し時系列的な進行を見せ始め、西条八十の実際の人生には忠実であったかもしれないが、ドラマチックな演出には少し欠けたかという印象がぬぐえない。スポットをどこにあてるのか、物語の山場はどこなのか、読者として一番気持ちを入れて読むクライマックスの焦点が、ぼやけてしまったことがちょっと残念だ。