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魔術師
魔術師
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 2,200円(税込)
2004/10
ISBN-4163234403
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  朝山 実
  評価:B
   テーブルマジックからディビッド・カッパーフィールド並のイリュージョンまで詰め込んだマジシャン・ミステリー。トリックの種明かしあり、どんでん返しありです。
「心のどこかで、観客はイリュージョニストの脱出が間に合わず、命を落とす事を願っている」
 そう口にする男は過去に舞台上で事故に遭い、二度とステージに立てなくなった。「親愛なる紳士淑女の皆様」と呼びかけ、殺人ショーを続ける。不気味であるとともに、その振る舞いはやがて切なくなりはじめる。
 作者は、人物の相関を巧みに「上下」で表現している。師匠と弟子、痴呆の母と娘、四肢が不自由な科学捜査官と相棒の婦人警官など。敬愛と憐憫と自己嫌悪。そうした関係性が事件のキーポイントにもなっている。ちなみに、スターバックスでカフェラテを飲みながら読むのが最適。とにかく「スタバ」が大好きな小説だ。難点をいうと、長さだな。

 
  安藤 梢
  評価:A
   どんでん返しに次ぐどんでん返しで、これで本当に終わりなのか?と、最後のページで思わず次のページがないか確かめてしまった。あまりに何度も答えがひっくり返るので、最後にはだんだん疑心暗鬼に陥る。まさに著者の思うツボである。裏の裏(実際にはそのまた裏の裏の裏くらいだが……)をかく展開に翻弄され通しで、一緒に推理しながら読むというよりは、ただ外から眺めているというスタンスに徹した方が精神的にはよさそうである。
 マジシャンである犯人は、様々なマジックや早変わりを使い犯行を繰り返す。その後、警察に追われるようになると今度は、脱走を繰り返す。どんなに厳重な警備であってもすり抜けていってしまう。早変わりによって人物像の特定ができないことで、全ての人が警戒対象になる。そうなるともう到底捕まえるのは無理な気がしてくる。犯行や脱出の祭に使われるマジックが実に鮮やかで、何かショーを見たような充実感がある。

 
  磯部 智子
  評価:A+
   さすが、流石のJ・ディーヴァー。冒頭の「手持ち無沙汰の絞首刑執行人」の口上で、いきなり緊張感が走り、物語の世界に掴まえられてしまう。安楽椅子探偵と言うにはあまりにも過酷な人生を背負った四肢麻痺の「不動にされた男」リンカーン・ライム対イリュージョニスト「消された男」。二転三転どころではない展開、張り巡らされた伏線は全てに意味があり、描き方が弱いと感じた点までも、そのこと自体に注意すべきだったと思い知らされる。最初の殺人は音楽学校生、犯人は脱出口が一つも無い部屋から忽然と消える。姿のみならず入館者名簿に記載された署名まで消え、変装して逃げた犯人の手がかりは「恐らく脱出マジックの修業経験がある」という推理と左手の薬指と小指が癒着していることだけ。マジシャン見習いのカーラに協力を求めるが第二の殺人は起こり、絶対の安全を保障した彼女やライム自身にまで犯人の手が及ぶ。今回の犯人は現場では「物理的誤導」で煙に巻き、猜疑心と知性のある人間ほど利用されると言う「心理的誤導」でライムや読者に挑む。本当に最後の最後まで緩みは無く目が離せない。

 
  小嶋 新一
  評価:A
   どんでん返しに次ぐ、どんでん返し。目まぐるしく急降下と転回を続けるジェットコースターに乗って、宙を舞っている気分。本を閉じてしばらくたった今でさえ、まだ眼がくるくる回っている。ああ誰か、興奮を鎮めてくれないと、僕は今晩眠れないぞ。
 四肢麻痺の科学捜査専門家リンカーン・ライムと、稀代の犯罪者である奇術師(イリュージョニスト)マレリックの、全人格を賭けた闘い。ニューヨークを舞台に、「論理と知性」VS「魔術と憎悪」が、激しい火花を散らす。
 音楽学校の女生徒が校内で無残に殺害され、その犯人が一瞬にして姿を消すところから物語は始まる。おいおい、上下二段組み500ページ超とは、さすがに長すぎるんと違うのお?と、やたら分厚い本にため息をついたのは、最初だけだった。第二、第三の犠牲者に魔の手が伸びるあたりから、ページを繰る
手が止まらなくなった。 今日一日暇をもてあましている人へ、それから、暇はないけどしばらく眼の前の雑事を忘れさせて欲しいなあと望む人へ。「魔術師」をぜひ手に取ってください。失望させないことを、お約束します。

 
  三枝 貴代
  評価:B+
   呆れるほど順調に出版されるリンカーン・ライムシリーズ5作目です。ライムはあいかわらずヤな性格全開で、証拠保存のためにがんがん死体損壊を指示します(誰か止めろよ)。相棒のサックスはライムに虐められつつもけなげに頑張り、秘書兼介護士のトムはあいかわらずライムをしかりとばしています。
 さて今回の犯人は、才能があって頭のネジが一本外れた手品師です。このあまりに推理小説に都合の良い万能犯人像(怪人二十面相みたいだ)に、ちょっと大丈夫かなと心配しましたが、なんとか良識の範囲内に事件はおさまってくれています。良かった。犯行動機は、かなり好みかも。やはり殺人には、素敵な動機が欲しいものです。
(それはそうと、一顧問の部屋の中に常に待機状態のGC/MSを置いておくというのは、贅沢すぎます。NY市警はそこまで金持ちなのでしょうか。転職したい。)

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   単純に面白かった!どんでん返しにつぐどんでん返しで全く先が読めない。なるほどそうかーと思うとそれは誤導(ミスディレクション)で、そうかこれが真相なのか、と思うとまたしても…。何たって相手は怪人二十面相か、はたまた怪盗ルパンか?という具合の殺人マジシャン! ピッキングも腹話術も何でもござれ。手品師を敵に回すと怖い…。
 上下二段組だけれど一気読み。非常によくできたエンターテインメント。ちょっと凝りすぎ…?という気がしなくもないけれど、まあテーマが誤導だから、それでもオーケーかな? 考えてみたらこんな犯罪あり得ない気がするけれど、読んでいる最中はすっかり引き込まれてそんなことどうでもいい気持に。
 しかしここまで綿密に、かつ壮大に練られた犯罪を考えた犯人(いや作者)には、無条件に脱帽…。