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勝手に目利き
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Close to You

Close to You
【文春文庫】
柴田よしき
定価 710円(税込)
2004/10
ISBN-4167203111


  岩井 麻衣子
  評価:B
   権力争いに巻き込まれ失業してしまった雄大。何も言わない妻に負い目を感じながら酒びたりの日々を過ごしていたある日、オヤジ狩りにあってしまう。そんな彼に妻が言ったのは「就職はやめて専業主夫になって」という一言だった。という始まりからは想像もできない方向へ話しは進んでいく。地域生活なんて気にもとめなかった夫婦が巻き込まれた誘拐事件へと発展していくのだ。マンションという閉鎖された環境の中で繰り広げられる複雑な人間関係を描いた作品である。社会というのは働きにでているものが形づくっているものと思っている人は、雄大を通して、全く別の社会が自分と同時に存在していることに気づくのではないだろうか。基本的にはみんながいい人で、ごめんなさいと慰めあっている姿がちょっとバカみたいなのだけど、凶悪な世界より人情あふれるほうがいいに決まっているので良しとする。自分も言動に気をつけようと思うと同時に、近所に本書にでてくるようなバカが住んでませんようにと強運を願わずにはいられないのだ。

  斉藤 明暢
  評価:A
   この作品を語る場合、ラストの部分に言及したくてたまらないのだが、ネタバレ禁止である以上、それが十分できないのは結構辛いものがある。
 作品そのものは、いったん読み始めると、失業した主人公にまつわる不可解な災難や事件とその先の展開などが気になって、一気に読み進んでしまった。そして終盤、すべてが明らかになった時、主人公はこれまでの考え方というか価値観を大きく変えて生きていくことになるのだが、その結論とそれに至る論理には、激しく同意する人とそうでない人に分かれると思う。価値観の転換が起こる前の主人公の感じ方に部分的には賛成だったりもするし、その後についても「ホントにそれで解決ってことでいいのか!?」と言いたいところだ。
 こんな感じ方をするのは主人公と現在の自分に共通点が多いからだろう。だからこそ、「転換前」の主人公に激しくダメ出しされるのが腹立たしいのだ。そして微妙に納得しつつも、ひどく居心地の悪い読後感となってしまったのは、自分が男性だからとばかりは言えないような気がする。女性だとどんな感想を持つのか、ちょっと話し合ってみたい気がする作品であった。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   会社での権力争いに負けた草薙雄大(33)は失業し、酒浸りで自棄を起こした生活を送っていた。とどめには酩酊しているときに、何者かに襲われ体中が痣だらけになる。仕事を失い、全てが悪い方向に向かうときの無力感がとても生々しい。今まで避けていた、生活感のある暮らし、家を守るものたちの噂話や詮索。それを全身で避けている中、妻の鮎美がある日突然誘拐される。雄大を夜の町を走らせて、次々と猫の死体を素手で拾わせる、犯人の真意は? よくある郊外のマンション、その巨大な箱の中では、多くの生活がある。自分の生活を守るために、切り捨てていたもの、気付くこともなかったことが突然牙をむくのだ。仕事をしているから自立しているわけではない、そんなメッセージは仕事だけをしている身にはとても耳に痛い。自分の生活を見直す、そんな一冊だ。バリバリと夫婦で働き、家事などは極めて合理的に、そしてお互いの生活には干渉せず…そんなDINKS生活の空しさに気付く物語、だけではない。タイトル通り、雄大は何かに近づいていく。

  平野 敬三
  評価:A
   実に痛いところを突かれた。動揺してそして少し落ち込んだ。自分が、表面的には否定はしていても、心のどこかで専業主婦を「下に見ている」ことを本書を読むことで自覚してしまったからである。「下に見ている」のでなければ、こんなにも読んでいて胸が痛むはずはない。ただ、これ、自己弁護も入るけど、ほとんどの「働く人」はズキンとくるんじゃないかあ、と思う。主人公の言う、足元を見つめるということは、自分の生活をもう一度見詰め直すことでもあるわけで、だから読者に今日からはしっかりと足元を見つめて生きていこうと思わせる本作は、とても教育効果の高い一冊といえる。エンターテインメントとしてはどうも今一つではあるが、強烈なメッセージ性がそれを十分に補ってぐいぐい読ませる。だたひとつ難点は、こういう読後の「決意」って長続きしないんだよなあ。まあ、これは僕自身の問題ではあるが。

  和田 啓
  評価:C
   大手企業に勤め、安定した給料を得ていた三十三歳の主人公は理不尽な会社に愛想を尽かし、専業主夫になる。生活には困らないよ。妻もいい給料をもらっているから。東京郊外のマンション。朝早く会社に行き、残業で深夜帰宅する生活では見えなかった日中のマンションの様子。近隣住民の眼。自治会の運営。そしてあらためて知る自分の妻。まさに「真昼中は別の顔」の世界が主夫の生活を通じて展開される。
 忙しさからほとんど寝るためと化しているマンション住民は多いだろう。とくに若い層は自分のことだけを考えがちだ。最低限の規則を守って生活していればそれで済むのだという一方的な解釈。現実はそうそう単純では済まないのだけれど。マンションとは集合住宅なのだと再認識。だけどこういう展開になるとは。