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勝手に目利き
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真夜中の五分前
真夜中の五分前 side-A/side-B
【新潮社】
本多孝好
定価 1,260円(税込)
2004/10
ISBN-4104716014
ISBN-4104716022
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  朝山 実
  評価:C
   「世界は不必要なもので溢れ返っているし、不必要なものは人を醜くするんだ」
 そんなことを言うITビジネスで大儲けした、いささか被虐的な男に見込まれてしまうのが「僕」という主人公。仕事はできるし女にもモテる。濃い影がちらつくあたりはレトロな雰囲気だけど。モテモテなのに、女とセックスはしない。見かけはジャニーズふうでも、内面は違うんだよボクはさぁと悶々する主人公の入り組んだ屈折が独特の、「side−A」。だけど、話のツボはヒロインが卵性双生児の姉妹だってことにありで、「side−B」は姉妹をめぐるある事件の後の話。林檎を一個買うのにも迷うタイプなら、なぜ私じゃなくて彼女なのよって、アイデンティティじくじくのドラマにドップリひたれるでしょう。ところでイラクで見殺しにされた、あの若者。欲しい物が手に入る時代に「自分」でなければならないものを求めて彼の地まで行ったんだよあ、たしか。選ばれたいと望んでばかりの病って辛いよなぁって、余談だけどこれ読みながら思いました。

 
  安藤 梢
  評価:B
   時計の針を5分戻し、その閉じ込められた時間の隙間に生きる僕。この物語、何かをなくした人ばかりが出てくる。大事な何かをなくしても、ただ淡々と時間は流れ日常に飲み込まれていく。その流れに追いつけない心の行き場所がこの5分間という、世界と自分とを隔てる時間なのだろう。誰かを失った自分を受け止めるのはとても難しい。
 この話の中でひときわ異彩を放つのが一卵性双生児のかすみとゆかりである。全く同じ遺伝子を持つ二人は他人からの名付けによって始めて自分が誰かを認識する。本当の双子がどうなのかは分からないが、自分と全く同じ遺伝子を持つ誰かが存在したら、確かに自分の存在意味など簡単に見失ってしまうだろう。自分を存在させるものは、ただ他者との関係の中にのみ見つけられる。センスのいい会話にさらさらと流れるような文章はとてもうまいのだが、読んだ端から消えていってしまうような心許なさも感じる。

 
  磯部 智子
  評価:AA
   こんな恋愛小説を読みたかった。批評と言うよりも作家に対する公開ファンレターになってしまいそうである。主人公は26歳、広告代理店勤務、これだけで一つのイメージが出来上がると思う。その上、ヘッドハンティングされた周りが敵ばかりの女性上司のお気に入りの部下であり、取り返しがつかないくらい女性を取り替えると噂される彼は、この業界ですら面と向かって「俺はお前が好きじゃない」と言われる男である。そんな彼の実態は…side-Aでは双子の一人かすみとやっと愛を掴んだかにみえる。Bはその2年後、帯の「信じられないのは自分?それとも君?」という予想外の展開になる。「ロマンチシズムを見限ったロマンチスト」である彼の心は彷徨う。人間の感情の中でも最も不可解な恋愛感情、何故確信を持てる?信じられる?私は常々疑問を持っていた。そんな恋愛に懐疑的な方にこそ読んで頂きたい、本当の気持ちを奥深くにしまい込んで自分でも見失ってしまった男が一つの答えに辿り着く。もちろんそれとて確実なものではない。でも愛を叫べない人間が、愛を否定している訳でも求めていない訳でもないのだ。最後に女性をミューズのようにも魔女のようにも描いた本作は本当に面白いエンターテイメント作品でもある。

 
  小嶋 新一
  評価:B
   う〜ん、やられたあ、というのが感想。上手い、上手すぎる。ストレートの直球ど真ん中の恋愛小説。いや、その上にふり掛けられたミステリ風味も、結構効いているな。
 主人公の「僕」は、広告代理店に勤める徹底的にクールな男。学生時代に亡くした恋人への想いを押し殺しつつ「人が死んだところから何かが始まったりはしない。何かが始まるとしたら、それは生き残ったもののつまらない感傷ぐらいだよ」とうそぶく。そんな彼の前に現れた一卵性双生児姉妹の姉・かすみ。かすみに惹かれながらも冷静を貫こうとする彼が、上巻の最後で一瞬にして脆くも崩れ去るクライマックスシーンには、思わず息をのまされた。が、その時点で物語はまだ半分である。
 愛とは何か?――愛とは、別れることであり、別れた人にこだわることであり、別れた人を忘れることであり、それらを乗り越えて新たな人と出会うことであるという、あたり前の様に誰もが気づかずに繰り返していく真実を、実に真正面から描き出した傑作。
 色んな点で現実離れしすぎていて、本を閉じて我に帰った時に、あれ?これって夢物語やよね、と思わせるのが、唯一で最大の欠点かな。

 
  三枝 貴代
  評価:C
   「砂漠で毛布を売っても成功しそうな気がするよ」という言葉が何度か表現を変えて出てきます。この作家は砂漠の夜がどんなに冷えるのか知らないのです。そのくせビジネスについて偉そうに蘊蓄たれる描写に、わたしは「ケッ」とつぶやきました。そう、この話の主役はすごく嫌な男なのです。会社に執着もないくせに仕事ができて、どういうわけか美人にもてます。しかも美人たちは、飽きた頃に自分から去ってくれるか、愛があるうちに死んでくれるという都合の良さ。で、女を愛せない、なんて言ってみたり。ね、殴ってやりたくなるでしょう? なによりも、タイトルの由来となった五分遅れの時計という嫌らしさ。時間を守るという行動に象徴される他者との関係構築から自由になりたいのならば、時計を持たなければ良いのです。正確に一定時間狂った時計は、正確な時計となんら違いはありません。他者との関わりにおいて問題を生じさせることはないのです。他者とのつながりを失うことがないまま、あたかも他者と違った時間を生きているかのような態度をとる。まさにこの主役の嫌らしさを象徴しています。
 しかしこの小説がまるでダメなのかというとそうではなく、引かれあっているのに本当に愛しているのかどうかなどということを問題にしてしまう、現代人の自家中毒的な恋愛求道主義を良く描ききって見事なのです。妙な比喩を開発しようとなどしなければ、この小説はもっとずっと良くなるような気がします。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   賢くて、つねに他人に対して距離をおいていて、そのくせズケズケと物を言う「僕」はいかにも「今どきの若者」。対するかすみは双生児故に自分の存在に自信を持てずにいる。Side-Aはそんなふたりの切ないラブストーリーとしてそれなりに楽しく読んだ。そしてSide-B。こちらはどういう趣向なんだろう?と思いつつ本を開いてみると、これが単にSide-Aの2年後…という話。まあ、たしかにSide-Aとはテーマが違う、というのはわかるけど…なぜ2分冊??
 Side-Bは言わば喪失と再生の物語。そこへかすみが双子だった、ということが多少独自の要素に加わっている。それにしてもSide-Bのゆかりの言動はよくわからないなあ…。こっちがダメなら次そっち、ってそういうのってアリ??
 確かにおしゃれでサクサクと読みやすいラブストーリーではあるんだけれど、うーん、あんまり心に響かなかった。Side-Aのラストシーンはよかったんだけど!

 
  福山 亜希
  評価:A
   上下巻のようにサイドAとサイドBの二冊に分かれているこの本は、AとBとでは随分と物語の印象を変えてしまう。サイドAは恋愛ドラマを見ているような甘く切ない気分で読んでいたのだが、サイドBではサスペンスドラマを見ているようにハラハラドキドキしてしまった。物語のキーワードは「一卵性双生児」だ。一卵性双生児のかすみとゆかりは何もかもが同じ。顔も見分けがつかない程似ていて、更に考えることまで姉妹でそっくりなのである。そして悲劇的なことに同じ人まで好きになって、恋に破れたかすみの方は、なぜ自分では駄目なのか、深く傷つくことになる。かすみが妹のゆかりの婚約者をあくまで好きであり続けることに対し、主人公の僕は、そっくりな二人の女性に惑うことなく、かすみだけを好きであることが私には興味深かった。自分と何もかもそっくりな人間がもう一人いたら、それでも確固とした自分を持ち続けられるだろうか。そんな問いかけをしながら読んでみると面白いと思う。