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香港の甘い豆腐
香港の甘い豆腐
【理論社】
大島真寿美
定価 1,575円(税込)
2004/10
ISBN-4652077475
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  朝山 実
  評価:B
   「どうせ父親も知らない私ですから」
 主人公の少女は人付き合いが下手で、上手くいかないことがある度そんなふうに言い逃ればかりしてきた。業を煮やした母親は、なら会わせてあげるわよと彼女を強引に香港へ連れ出してしまう。死んだとばかり思いこんでいた父親はなんと「ロイ」という名の香港人。驚きとともに言い逃れの切り札を奪われてしまった彼女は、母が昔の友人たちと再会するのに同席し、知らない母親を知り、母の友人の家にホームスティすればおもてなしを受けるとばかり思っていたのが、放ったらかしにされる。こうあるべきの読みがハズれるとともに彼女の凝固まった頭がほぐれていく。料理屋で言葉が通じなくともコミニケーションできたことの喜びなど、一つ一つはささやかながら、彼女の心の弾みようが伝わってくるのがいいし、ひとは第三者が介在することでひとが理解できるようになる。そんなことが人間関係の基本がふんわりと教えられる小説でもある。

 
  安藤 梢
  評価:C
   日本でくすぶっていた高校生の女の子が、夏休みに父親のいる香港で暮らすうちに自分の存在理由を見つけていくという話。と、こう書くとよくあるありふれた話なのだが、そのありふれた感じがこの作品のよさだと思う。とても身近に感じる。香港という国の持つエネルギーがギラギラと生々しく、それでいて美しく描かれている。違う言葉を使っていながらも通じ合っていくその過程の喜びや、伝えたいという気持ちの塊がきちんと表わされている。言葉に頼らない感情の表現(声のトーンや表情)があって初めて、言葉を伝えるということの意味があるのだろう。「お茶飲む?」という簡単な言葉ですら、日本の複雑さの中では様々な気遣いや意味を孕み使いにくい。使った言葉がそのままの意味で受け止められるというのは、実はすごく大切なことなのだと気付かされた。主人公の彩美は全く知らない世界に身を置くことで、自分で決める、という生き方を見つけていく。

 
  磯部 智子
  評価:C
   流されていくばかりの人生に猶予期間ともいうべき香港旅行。それは17歳の夏休み。ちょくちょく学校をサボるようになっていた彩美は、なにもかもうまくいかない原因を父親がいないせいかもしれないと思うようになっていた。「どうせ父親も知らない私ですから」 
担任から連絡が入り激昂したシングルマザーである母親に投げつけた言葉である。ひ、卑怯者〜と思っても大抵の子供は卑怯であるから、まぁ仕方が無い。母の麻也子だって負けては居ない。父親に会いたいなら香港へ行こう、だってそこにちゃんと居るのだからと。本当は行きたくなんか無かった香港に「銃口を突きつけられるように」連れて行かれてしまう。結局、彩美は母の帰国後も一人ホームステイする事を決めて人生のガス抜きをする事になる。これは普通に良い話で思春期の女の子の成長物語であるが、なんともさわやかに描かれている。選択肢の乏しい10代、煮詰まってしまった心を香港の風が解き放つ。
でもなぁ、素直なこの子はこれで良かったけど…受け入れるには資質が違いすぎる。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   物心がついた時から父親がいない、というのはどんな感じなんだろう。最近では「バツイチ」なんて当たり前、片親の子供も特別じゃない。でも、生まれてこのかた父親の顔を一度も見たことがないのはもち論、どこの誰が父親かまったく聞かされることなく高校生まで育ったという、この小説の主人公・彩美のような子は、やはり少数派だろう。
 母親に無理やり連れられ、香港へ向かう彩美。学校をサボる理由を父親の不在に帰した彩美に対する母親の答えが、父親に会う旅だった。私の父親は香港人だったあ――??
 ひと夏の香港滞在で、自分なりに背伸びせずに、父親探し・自分探しをすることになる彩美。父親に会うか会わないか素直に迷っているかと思えば、深い意図もなく香港に居残る決心をする、そんな心の動きのひとつひとつが、とっても自然に描かれ、好感が持てた。
 香港の街の描写も、なかなか。僕の場合はただの観光旅行で訪ねただけだが、それでもゴチャゴチャした通りを歩いた記憶がよみがえってきた。

 
  三枝 貴代
  評価:B-
   母が突然、父に会わせると言いだした。わたしには父親がいないはずだったのに。なんだって香港? お父さんは香港人なの? 今さら父親になんか会いたくない。けれど彩美は、もう少し香港にいたいと思った。
 なつかしいですね。これ、少女小説です。今ではほとんどがファンタジーになってしまいましたが、その昔、少女小説はもっと地に足がついたテーマをあつかっていたものでした。家族や友達との関係、淡い初恋、憧れの先輩のことなどを、その時代の少女の言葉でビビッドに描き出して、すごいブームになったものです。あの時代の、あの物語、そのまんま。
 今の時代、あえてそれをハードカバーで出版することに意味があるのか疑問だし、対立やトラブルをゆるやかに回避した優しい筆致は、大人になった今ではだらしなく甘えた態度のようにも感じるのですが。このふわふわした優しさは懐かしく、なんだかとっても心地良いのでした。1960年代生まれの女性におすすめです。同窓会気分になれます。

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   特にこれといったドラマが起こるわけではない。特に彩美の感情が大きく揺れるわけでもない。けれど、着実に少しずつ変わっていく少女がここに確かに描かれている。気づかないほど少しずつ、けれど確かに前へと。
 淡々と読み進めながらじわじわと心に沁みてくる。本を閉じた時にはなんだかすっきりとした甘さが心の中に広がっている。滞在中の彩美が身を寄せる部屋で共同生活を送る面々が素敵。関わってくれるけれど干渉はしない、その絶妙の距離感をぜひ学ばせてもらいたいものだ。
 わたしも、ぶっきらぼうだけれどいじわるじゃない、香港の風に当たってみたい。

 
  福山 亜希
  評価:AA
   読めば読む程、元気が沸いてきた。読み終ったら皆にこの本を教えてあげたくなった。最初はあまり可愛げのなかった主人公の女の子が、どんどん可愛くて元気な女の子に変身していく過程が、とてもパワフルで真っ直ぐで、楽しいのだ。そして胸の内側を暖かくさせるような終わり方が読後も私を包んでくれて、本当にこの本は人を優しい気持ちにさせてくれる。主人公はとても無気力な女の子。自分自身を好きになれないことも、物事がうまくいかないことも、全て自分に父親がいないことのせいにして、せっかくの若さを無駄にしながら毎日を過ごしている。そんな主人公が、父親に会う為に母親に無理やり香港に連れて行かれ、そこで母親の友人達と出会うところから、自分自身に前向きな可愛い女の子へと変身していくのだ。誰しも何かを言い訳にせっかくの人生を片付けてしまうことはあると思うけど、この本を読んだらそんな自分を蹴飛ばしてしまいたくなる。一点の曇りもなく、ただひたすらに前向きな力を与えてくれるこの本に、ありがとうを私は言いたい。