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ロング・グッドバイ
ロング・グッドバイ
【角川書店】
矢作俊彦
定価 1,890円(税込)
2004/9
ISBN-4048735446
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  磯部 智子
  評価:B
   ダンディなオヤジ小説。これが、なかなか年季の入った男で、気の利いた会話を交わすのだが全然、上滑りせず板についているのだ。刑事も犯罪者も職業意識が高く、ニタニタ笑いながら切り刻むようなサイコキラーは登場しない。巨人を長島のチームと言うような鼻につく言い回しがいくつかあるが、自己陶酔と言うより不可侵的な主人公の美意識なので、それは、読み進める上で障害にはならない。でも読み終えるのに時間がかかってしまったのは何故だろう。時の流れが緩やかで贅沢に進み、もっと事件を、もっとアクションを起こして、などと考えるのは、現実の慌しい日常生活やら昨今のUSミステリに毒されているせいかもしれない。ドラマチックに啓示がどこかから降りてくる訳でも無く、地道に一つの結果に向っていく。タイトルのようにチャンドラーの『長いお別れ』が下敷きになっているから雰囲気はお解かりになるかと思う。何不自由ない機能追求型の快適なホテルではなく、ヨーロッパの古いホテルにゆっくり滞在するような気持ちで読んで頂きたい作品。

 
  小嶋 新一
  評価:A
   しばしハードボイルド小説から離れ、多彩な活躍を見せていた矢作氏が、久々に出発点であるハードボイルドに戻ってきた!
 神奈川県警の刑事・二村は、女性の刺殺体を残して姿を消した知人ビリー・ルウの別れ際の言葉「99時間後にもどる」が反故にされた時、真相を求めて事件を追いはじめる。美人バイオリニストの母親の失踪がそれに絡まり、謎は深まっていく……。
 複雑にもつれる人間関係。飛び交う警句とキザなセリフ。鮮やかな情景描写。一癖もふた癖もある登場人物たち。やせがまんの美学。ご都合主義のストーリー展開も含め、ハードボイルドの伝統パターンを徹底的に踏襲。タイトルからも明らかなように、チャンドラーの名作「長いお別れ」を堂々と下敷きにしているのも、あっぱれ。
 元をたどれば、79年に雑誌に連載された作品が原型。その後、僕の知るだけでも二度の改稿と雑誌掲載を経て、さらに大幅に書き改められた上でこのたび初めて単行本にまとめられたもの。濫造される小説も多い中で、熟成に熟成を重ねた深い味わいは、味読三読に耐えうる。僕はまずは2回読んでしまいました。

 
  三枝 貴代
  評価:A
   20世紀最後の年、初夏。二村は横須賀ドブ板通りで酔っぱらいの米軍パイロット・ビリーと出会った。いっしょに酒を飲み、銃撃戦に巻き込まれ、殺人容疑のある彼の逃亡を助けてしまった二村は、捜査一課から外される。ビリーは本当に死んでしまったのか。彼の残した写真は何を意味するのか。二村は警察に残って捜査することを選んだ。
 シリーズ3作目。2作目から19年もたって発表されるのって、どうよ? と、一瞬思ったのですが、前2作を読んでいないわたくしも、実に愉しんで読めました。ハードボイルド特有の短い文章の、実に実に的確なこと。固定電話を「しっぽの生えた方の電話」と表現された時には、もーう、しびれちゃいましたね。
 二村が、設定よりもやや上、団塊の世代的な物の考え方をしている点はやや気になったのですが、真っ正面から9・11を描くのではなく、その数年前の物語によって米軍の問題を見事に描き出したところなど、本当に素晴らしいなと思いました。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   静的で抑えの効いた、センチメンタルな文章。気の利いた会話。酒、そして女。これがハードボイルドだ、と言わんばかりの内容に、なかなか入り込めなかった序盤が過ぎると物語は一気に読みやすくなった。
 しかし登場人物やエピソードが多すぎて、頭が混乱することもしばしば。それなりに美しい世界が築き上げられているのに、だんだん事件がデカくなりすぎじゃ…という感もなきにしもあらず。
 思うにこれは、やっぱり本家を読んでいないと本当には楽しめないんじゃないかしらん。これはこれで悪くないけれど、どうやら著者は強烈に『長いお別れ』を意識しているようだから。
 男の美学、を目指している殿方は、ぜひ本作を参考に…ならないか…(笑)。

 
  福山 亜希
  評価:B
   二村刑事と登場人物との間で交わされる会話の格好良さに、「ああ、こういうのがハードボイルド小説というんだ」と変な部分で納得してしまった。昔を振り返る時に、〜年前なんて野暮な言い方は誰もしない。アメリカがベトナムと戦争してた頃だとか、とにかく言い回しの中に外国の匂いが常にあって格好良いのだ。多くの人間を巻き込みながら次々と事件が発生していくのに、どろどろとした雰囲気は全く無く、二村刑事は要所要所で酒をあおりながら、実に淡々と事件の真相を突き止めていく。そんな描写の中では国道16号線はアメリカのハイウェイのようにイメージされてしまうし、物語の舞台である神奈川県は、きっとアメリカのどこかにあるのだろうとさえ思ってしまう。一番良かったところは、この本の終わりの一文である。この最後の一文がたまらなくハードボイルドで格好いいのだ。この一文を読めただけでも価値がある本だった。