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【講談社文庫】
島本理生
定価 440円(税込)
2004/11
ISBN-4062749262

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  岩井 麻衣子
  評価:B
   詩的で物静かで、しかし何やら心の叫びが聞こえてきそうな作品3つが収録される。女性に触れないという少年と出会い別れた高校生の少女の物語・シルエットが表題作である。自分が高校生の時小説を読んで、世の中はこんなに大人な思考の人で溢れているのだ、いつ自分がそんな深く人間を考えられるようになるのだと思っていたのだけど、30超えても全くそんな気配はなくいつまでも薄っぺらい人間のままな気がして激しく落ち込んでしまう。「冠くんに初めて出会ったとき、わたしは彼を霧雨のような人だと思った」うーむ、どんな人だよ。まだまだ若い作者が人生経験を重ねて今後どんな作品を生み出すのだろう。瑞々しいと表現される文章がはじけてどろどろが溢れてきたりしたらおもしろいだろうなと期待してしまう。大人な若者の感性に自分がいつ追いつけるのか。作品をもっと楽しむためにも、もはや枯れたのだとは思いたくない。

  斉藤 明暢
  評価:A
   「若い」恋愛小説を読んだ時に、本当に共感できるのは、心が若い人だけだと思う。若さが持つ率直さや愚かさや残酷さ、欲望といったものは、たとえ記憶にあるから分かっているつもりでいても、リアルタイムで持っている人とは大きな温度差がある。
 自分は確かにこれと似た傷や痛みを感じたことがあるはずだ、と思っていても、触れてみた場所に残っているのは、堅く盛り上がった傷痕だけだ。触っても、もう電流のような痛みはなく、時折疼くような気がするだけだ。生きていると色々なものを得たり失ったりしていくが、鋭い痛みというのは、歳をとると失いがちなもののひとつだと思う。
 痛くて哀しい気持ちでいるのに涙が出ない時、そのことでよけいに悲しくなるような、そんな読後感だった。

  竹本 紗梨
  評価:B+
   恋愛に今よりもっと熱中していたころ、それが世界のすべてだったころ、こんな気持ちで生きていたような気がする。母親の心が壊れて女性の体に嫌悪感を抱く冠くん。どうしようもなくなり冠くんと別れた後に付き合った年上の大学生せっちゃん。「私」の心は細やかに揺れる。切なくて一生懸命だった、17歳の恋愛と見て、若いかもと思った心が少し寂しい。こんな風に丸ごと味わっていられる時間はそうないと思う。相手のことだけ考えて、「自分で手を回して、目隠しを取ればよかった」なんて後悔をしてしまっても、その必死な想いが何かを動かす。それが例え、もう取り返しのつかないすべてが終わった後だとしても、気持ちは宙ぶらりんではなく、どこかにたどり着く。こんな本を読むときは、大人ぶりたくない、必死な想いを思い出して味わいたい。ぎこちなく、手探りで何かを探しているような文体だ。

  平野 敬三
  評価:B+
   主人公がふわふわしている。いまいち「そこにいる」感じがしない、というのが本書を読んでのまずはじめの感想だ。透明感、という言葉を使おうとも思ったが、ちょっと違うような気がしてやめた。ふわふわしている。そこにいる感じがしない。なんだか、現代の若者をステレオタイプ化したような形容だが、本書にそこまでの社会性を読み取ったわけではもちろんない。そして、そういう主人公の在り方に対して批判めいた何かを感じ取ったわけでもない。ただ、読後、かなりの時間を経るまで、僕の中で戸惑いが消えなかった。うまく作品を消化できないというか。すごく素直で繊細でみずみずしい作品に思うが、一方ですごく作為的でふてぶてしく老獪な印象を受ける瞬間もある。おそらく僕が困惑してしまったのは、島本さんが大人なのか子どもなのか境界線がはっきりしていないからで、自分はそういう境界線をはっきりさせないことには落ち着かない人間なのだという悲しい結論に至った。そんな僕でも、2・3日経ってようやく落ち着いてきて、なんだか妙に魅力的な話だったなあといまさらのように振り返っている。

  藤本 有紀
  評価:C
   表題作のほかに2篇が収録されている。連作のつもりで書かれているのではないようだけど連作のような作品集だ。主人公が高校生・大学生(と思われる)・中学生の女であること、離婚した母と二人家族であることが必ず語られているため、同じ人物を描いているのかなと思わせられる。連作であるかどうかはさておき、10代の少女の心の内面を描いた作品が島本の得意とするところであれば、一連の作品は私にはどうにもこうにも訴えかけてこない。高校生が元恋人を思い続けながら新しい恋人と性交し、大学生は恋人と同棲し、中学生は古本屋で異性のクラスメートに会うというだけ。本を読んでこれだけはいうまいと固く封じている「それがどうしたの」という感想を口にしてしまいそう。恋人のくんづけ、ちゃんづけがそもそも嫌いだ。『文學界』か『オール讀物』、どちらかくれるといわれたら私は『文學界』を選ぶ。島本には期待していた分がっかり。芥川賞にノミネートされた「リトル・バイ・リトル」と「生まれる森」が残っているのは幸いだけれど、また同じような話だったら心底、失望しそう。

  和田 啓
  評価:B-
   正直わからなかった。30も後半を迎え今持って女心がわからないわたし。思春期の高校生の気持ちにまったく右往左往するばかり。だけどほんのちょっと女性経験を積んだわたしに、この小説はどこか懐かしみを感じさせてくれた。雨が降っている描写がある。駅から傘をさして歩く。喫茶店で待ち合わせをする。好きな人とセックスをする。理由はわからないが別れてしまう。どうということはない淡々とした日常だが、うまいように湿っている。東京の高校生はパリのリセに負けていない。島本理生とは名前がいい。切実だからこその言葉にならない行間の沈黙がいい。一生懸命言葉を紡ぐ作者の感性を買いたい。読者は誰もが、過ぎ去っていったあの人を思い起こすだろう。