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ちがうもん

ちがうもん
【文春文庫】
姫野カオルコ
定価 570円(税込)
2004/10

ISBN-4167679248

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  岩井 麻衣子
  評価:C
    大人になって思い出す子供の頃の情景を描いた5つの作品が収録される。子供だからといって日々の生活がいつもキラキラと輝いているわけでもなく、大人と同じような生活を送っている。イヂワルな人はイヂワルなように、汚いことは汚いようにと子供だからといって美しく見えているわけではないのである。感情だってちゃんとある。ただ大人のようにうまく言葉にできなかっただけで、いろんなことをそのままに感じて生きているのだ。子供が特別な存在というわけではない。そんな作者の思いがつまっているように思う。別に劇的なことが幼少に起こるわけでもないので、何ということもない話なのであるが、忠実に過去を思い出し描こうとしている文章を味わうことができる。自分の子供時代はどうだったか。色も匂いもなし、つらくも超ハッピーでもない普通の生活の記憶しかない。公衆の面前でおもらししたとか、親にウソついたとか情けない記憶しかよみがえってこないのだからまあ幸せなんだろうな。

  斉藤 明暢
  評価:B
   理由もなく何故だか印象に残っている子供の頃の記憶というものは、多くの人が持っているものだと思う。とりたてて重要でも強烈でも美しくもないのに、なぜか覚えているのだ。そしてどこか奇妙な、前後のつながりのわからないエピソードは、自分の記憶なのか、ドラマか何かで見た1シーンなのか、空想なのか、夢なのか、だんだん自信がなくなってくる。あれは本当にあったことなのだろうか、と。  この本では主人公のそんな記憶の断片のナゾが、ずっと大人になってから解明されたりする。しかし、説明がついたからといって、奇妙な記憶の印象が消えてしまうとは限らず、逆に更に納得がいかなくなったりするものだ。「ちがうもん」と言って「じゃあ何なの?」と問い返された時、なにも言えなくなってしまうような感じ。そんな記憶は、むしろ曖昧なままにしておいたほうが良いのかもしれない。

  竹本 紗梨
  評価:B
   正直この本は届いたときから読むのが億劫だった。この作家の話は、いつまでたっても心の隅を薄くひっかかれたように残る。もう何年もたつのに印象に残っているエピソードがある。それに加えて、子供の話。子供のころの失敗や感情の行き違いはずっと心の傷になる。そんな胸の底に置いておいたような話を蒸し返されるのは本当に嫌だから。ただ大人になっても、子供のころの胸に飲み込んだ思いはそのままにある。そんな気持ちに折り合いをつけられるようになるとカタチだけでも大人になるのだろう。子供時代のそんな思いをこうやって表現できると何かをひとつ越えられたのかもしれない。「ちがうもん」と呟いていた少女は、その気持ちをその曖昧な形のまま表現できる大人になった。

  平野 敬三
  評価:B
   いい話、でまとめることもできたはずである。が、実際はどうもすっきりしない。もやもやした感じ。過去と現在を行き来する構成が、若干、物語を分かりにくくさせていることも一因だが、なによりも著者の「割り切れなさ」に対する自然な態度が、このような作風を生んだのだろう。ひとつの価値観で割り切っていかないから、読み手の感情はどうしても拡散していく。つまりストレートな人情物として読めないのである。そしてそれが本書の持ち味なんだろうと思う。著者は子供という複雑な存在を「無知で不純」と描くことで、「子供は無邪気で純粋」というありがちなイメージに揺さぶりをかける。ということで、「あのころ」を美化して懐かしむ小説ではないのだが、ときおり、妙に説教くさい昔話が挿入されているのが残念。そういう話ではないだけに、ちょっと白けてしまうのだった。

  藤川 佳子
  評価:A
   1960年代に子供時代を過ごしたこと、自然がいっぱいの長閑な田舎町。都会に暮らす大人にとっては美しく懐かしいもの、古き良きものの象徴と呼べるそれらを、徹底的に否定することがこの短編集の根底にはあるように感じます。
 五つの物語の主人公は、みな京都やその周辺に故郷を持ち、今は東京で暮らす40代中盤の独身女性。日常を生きながらも、ふとあの頃…、自分の子供時代に迷い込んでいきます。彼女たちは、過去を振り返るわけではないのです。唐突に、子供時代のある場面が発生してしまうのです。だから子供時代を懐かしめない、自分がなじめなかった故郷を大人になってもやっぱり好きになれないでいます。ふと懐かしんでしまいそうになる自分をストイックなまでに戒めているようにも見えます。感傷に浸らず過去を見つめること、それは自分の人生を尊ぶことと通ずるように思いました。

  和田 啓
  評価:B+
   今回の課題本『シルエット』と対照的な作品。舞台は関西、しかも一昔前。洒落た設定など更々ない。土着的で本能丸出しの群像劇が展開される。読み終わって姫野カオルコはつくづく才女だと思った。登場人物に人間の肯定的な部分とどうにもならない業を絡ませ丁寧に物語を膨らませ、読みやすいよう後ろ後ろへ案内し、綺麗に着地する。重いテーマも救いのある余情を持って終わらせる。手抜きは一切ない。人生を、人の世を描いている。開高健風にいえば印象に残る一言半句がところどころに煌めいている。
 辰濃和男の解説がこれぞまさに秀逸。この一年の書評ではベスト。「高柳のおじさんと接するときに私が感じた、あの温暖さとは、彼のかなしみだったのだと思う。妻を寝取られている自分へのかなしみではなく、間男をする妻へのかなしみ。おじさんはおばさんのことがとても好きだったのだ」。なんという哀切。