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【新潮文庫】
ダグラス・ケネディ
定価 980円(税込)
2004/12
ISBN-4102138153

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  岩井 麻衣子
  評価:B
   売れない脚本家デヴィット。ある日彼の「売り込み」という台本がハリウッドで認められる。一躍時の人となった彼は妻子を捨て夢の生活へと一歩を踏み出していくのだ。新しい愛人を得、公私ともにバラ色の日々を送っていたデヴィットの元にある大富豪から自分の書いた台本を読んでくれという誘いがくる。しかしそれは売れない時代に自分が書いたものとそっくりだった。そこから少しずつデヴィットの人生が狂いはじめる。華やかな世界で天国と地獄を味わうデヴィットのとんでもない人生の物語である。瞬く間に夢の世界に包まれたデヴィットの堕落っぷり、成功の影にある陰謀がジェットコースターのようにスリル万点で迫ってくる。金より愛なのだとは貧乏人には深く頷けるものではない。しかし放心のラストに、妬まれるほどの成功もなく、同情されるほどの不幸もない生活を日々送っている身としては今のままで幸せかと思った。ひがみか?

  斉藤 明暢
  評価:A
   アメリカのテレビや映画業界といったら、栄光と没落と賛辞と妬みと権謀術数の満ちあふれた世界、などとつい思ってしまうが、まさにその上から下までジェットコースターのように駆け抜ける羽目になったのが主人公である。そして彼は一方的に世間の波にもまれて流されている、というだけではなく、時にはっきりした意志を持って浮気したり儲け話につぎ込んだり、成功者にありがちな役得と泥沼の中に突っ込んで行ったりしているのだ。つまり、大方の人と同じく、ごく普通の愚かな人間ということだ。
 文字通り悪夢のような栄光と没落から、結末に至るまでの行動やその結果には、必ずしも納得できないものがあるが、主人公の適度に愚かしく、そこそこに善人でもある部分が描かれているからこそ、最後まで息を切らせずに読み切れたと思うのだった。

  平野 敬三
  評価:A
   すべての危機を乗りこえた主人公の、なかば冷め切ったような穏和な態度が印象的だ。そして、物語の最後で自問される彼のつぶやきは、読み手を強く揺さぶるに違いない。「我々には危機が必要なのだ」「だが結局、我々の危機の黒幕は誰なのだろうか?」。それはつまり、最大の黒幕だと信じた男の口から最後に出た言葉が、かなりの真実を含んでいることを示唆している。これは単純な転落と再生の物語ではない。転落が不幸で、再生が幸福とは言い切らないところに、強く好感をおぼえた。読み出したら止まらない、抜群のストーリー展開に加え、いたるところにハッとさせられる心理描写や人間模様がちりばめられている。そしてそれが決して「教訓話」にならないところが、本書の美点である。

  藤本 有紀
  評価:C
   マドンナとも浮き名を流した元NBAプレーヤーのデニス・ロッドマンは手記の中で、NBAの50パーセントはセックス、残り50パーセントは金だといっている。スポーツビジネスに限らず、ネット長者やミュージシャンなど、急に大金を手にすると次はいい女、という価値観は幅を利かせているよう。セルジオ越後を度々怒らせていた元Jリーガーが海外のチームに移籍したとき、取材に訪れるテレビスタッフにJJだかCanCamだかを所望していたのは、すごーく気持ち悪かった。未だに忘れられない。さて、デヴィッドは脚本が売れると、しっくりいっていなかった妻と縁を切り、新しい女と結婚する。やり手の妻との新生活は、忙しくも物質的に満たされ、社会的に認められた満足で充実していたが、ある日災いが降ってかかる。浮かれ過ぎです。こんな発言を聞いたことがある。「プロ野球選手ってさー、奥さんブスだと、いい人に見えない?」。道徳的にちょっと問題ありだとしても、これ見よがしなトロフィー・ワイフを伴った男は底が浅い、と思われてしまうこともまた事実だと思うのです。