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ラス・マンチャス通信
ラス・マンチャス通信
【新潮社】
平山瑞穂
定価 1,470円(税込)
2004/12
ISBN-4104722014
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  朝山 実
  評価:B
   第一章は帯にも書かれているように「カフカ」的な世界だ。「アレ」と書かれるだけで、いったい何者かはぼやかされた『変身』の毒虫のような存在が「僕」の家にいる。家族は迷惑、不快でありながら、アレについては見えているのに見えてない生活。ある日、ついに主人公は衝撃的な行動に出る。で、翌朝。家族は居間で何事もなかったかのようにくつろいでいる。父親は「僕」の顔を見て「さぁ、行こうか」と声をかける。彼が正装して下りてみると、家族も玄関で正装して待っている。どこに行くのか? 書かれてはいないのだが、想像はつくラストがいい(と思ったら二章でわかっちまうけど)。「エイリアン」の一作目のように、わざとパーツのこまかい描写をし、全体は見せない。想像を誘い出す書き方に、ひき込まれる。残念なのは、一本の長編にするんじゃなくて、短編の連なりにしたほうが面白みは増したんじゃないのか。いくらなんでも一人の身の上に、これほど異様な出来事が度重なるともうアニメの世界。日常の小さな風景にリアリティがあるだけに惜しい。

 
  安藤 梢
  評価:C
   何とも奇妙で不気味な話だった。得たいの知れない不吉なものが、逃げても逃げてもついてくる。何なんだろう、この不安な感じは。今持っている常識が全く通じない世界に放り出されたような不安。そこに、状況の飲み込めないままいる僕の無防備さに無性に不安になるのだ。このおかしな世界の秩序を理解していない僕は、不当に扱われ(あるいは正等なのかもしれないが)、事態は転がり落ちるように悪い方へ悪い方へと展開していく。僕につきまとう不吉な影が、逃れられないものとして重くのしかかり、諦めにも似た雰囲気を醸し出している。家の中を裸でうろつく獣のような「アレ」や、人間の子供を食べる生き物の存在よりも、人間の心に潜む果てしのない欲望や愛とは名ばかりの執着にこそ恐怖を覚える。

 
  磯部 智子
  評価:A+
   日本ファンタジーノベル大賞作品という以外の先入観を持たず、この奇妙な物語を読み始め、いきなり「正体不明の肌触り」包み込まれる。とにかくじんわり怖い上に、ページをめくる手がとまらない麻薬的な世界がそこにあった。雪が降る前のようなひんやりした空気、空はきっと鉛色、ぎゃーと叫びたいのに声も出ない、ぞくぞくするのに立ち去る事が出来ない状態が続く。「僕」の澄み切った視線の先には、陸魚(水に入れると死ぬ魚らしい)をイジメ殺したり姉を犯そうとするアレや、職場のレストランで好き放題する頭の悪そうな客など変な連中ばかり。それなのに、何故「僕」の方が施設に入れられたり、仕事を首になったりするのだろう。遠巻きにする人々は「僕」のどこにあの印、のろわれた家族、ラス・マンチャスを見つけているのだろう。セピア色の世界の中で「僕」と一緒に彷徨い続ける。ラストは美しく、それが物足りない感もあるが、おかげで読了後も悪夢の中に閉じ込められずに済んだという安心感もある。デビュー作でこの作品、次はどう出る?

 
  三枝 貴代
  評価:AA
   人間とは思えないアレを殺してしまった僕は、施設へ送られた。どうしていつもこうなのだろうか。我慢しきれなくなって、取り返しのつかないことになるのだ。ついに家族とも別れなくてはならなくなった日に、僕は自分が呪われた一族、ラス・マンチャスの者であると自覚するが――。第16回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
 これが本当に新人の手による作でしょうか。圧倒的な筆力に気押されて、声も出ません。文字に書き起こされた空想の産物が、異様なリアリティでぐいぐいと目前に迫ってくるのです。読む者に逃げ場はありません。ただもう最後まで物語に鼻先をつかまれて、ひきずっていかれるのです。これはもはや好き嫌いの問題ではないでしょう。物語の絶対的な強さに、誰もが叩きのめされるのではないでしょうか。久しぶりに小説を読んだような気さえしました。全面降伏です。素晴らしい。 

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   異形のモノが普通に生活の中に存在する世界で、「僕」は正しく行動しようと足掻きながらもどんどんと追いつめられていく。施設に送られ、仕事を失い、そして…。
 読んでいる間は引き込まれてぐんぐんと読み進み、読了して呆然とした。ええっ、結局いろいろな説明はナシのままなの!?
 帯に「カフカ+マルケス+?=正体不明の肌触り」とあるけれど、たしかにカフカっぽい不条理さやマルケスっぽいマジック・リアリズムが散りばめられている。でも、カフカもマルケスも、読み終わった後にこんな欲求不満な感じは残らなかった…。
 説明をせずに放っておくこと自体が悪いわけではないし、それが効果的な場合もあるけれど、でももう少し親切にしてほしかったなあ…。
 ただ、この独特の雰囲気はかなり好き。読んでいる最中は先が気になってやめられなかったし。次回作が楽しみ♪

 
  福山 亜希
  評価:C
   表紙の絵を見たときに、何だかとてつもないファンタジーが拡がっている本なのではないかという期待が膨らんだ。表紙の絵はどのようなジャンルの絵なのかは知らないけれど、最近流行っている漫画にこういう雰囲気の絵がよくあるから、現代的なアドベンチャーストーリーにちがいないと思った。
読み始めてみると、なかなか正体の掴み難いストーリーが続いていて、理解ができないままにも物語はスピード感を増していく。ただ、理解できない部分も多く、そのことについての説明も少なく、作者の世界観と物語のスピード感を楽しんでいる内に、物語が終ってしまったような感じだ。不可解なものが不可解なまま終っていくのを楽しいと捉えるかどうかで評価は分かれるように思う。