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勝手に目利き
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日暮らし(上下)
日暮らし(上下)
【講談社】
宮部みゆき
定価 各1,680円(税込)
2004/12
ISBN-4062127369
ISBN-4062127377
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  朝山 実
  評価:A
   上巻から下巻にわたる表題の長編が、四車線の本道なら、前に配置された四つの短編は脇道にあたる。その路地は風景こまやかだ。近ごろ夫の態度がおかしいんでやきもきし、女の影に怯えヘンに空回りしてしまう「お恵」の鬱々を綴った「嫌いの虫」の心理は現代劇。あるあると頷く人は多いでしょう。うまいよなぁ、とうなったのは落ちの持って行き方。どうしようもない隣家の困った夫婦との対比で、お恵に己の滑稽さを悟らせる(他人事じゃなしに、自分にも似たところがあるあると間接話法で伝える効果あり)。幼子のいる未亡人がひどい勘違い男につけまわされる、いまでいうストーカー事件を題材にした話など、これが現代ならいやーな話も時代設定をかえることで人情話に仕立てられている。「岸が違えば、眺めも変わる」というフレーズが作中にあるが、一話一話の主人公たちが、本道では物静かな脇役となり、違ったふうな人間に見えてくるあたりが楽しい。

 
  安藤 梢
  評価:A
   うまい。がっしりと読者をつかんで離さないこの文章力はさすがだ。久し振りにぐいぐい引っ張られる気持ちよさを味わった。始めの4章は短編仕立てになっていて、小さな謎を伏線として張り巡らせている。そこで脇を固める登場人物達の背景を描くことで、物語に何層もの厚みを持たせている。その後、本編で登場した時にぐっと親近感が沸くから面白い。物語の展開も、ミステリーとしての謎解きよりも人物描写に当てられている。いくつかの謎を追いながらも、その謎から見えてくるのはトリックではなく人間の心の闇なのである。それにしても、平四郎、どっしりとかまえているのはいいのだが、こんなに謎解きに参加しなくてもよいものだろうか。殺人事件の謎はすっかり弓之助が解いているではないか。平四郎は人間関係の修繕に大忙しといったところである。とはいえ、最後めでたしめでたしとなるのは平四郎の人柄によるところが大きい。読み終わるのが勿体ない一冊だった。

 
  磯部 智子
  評価:AA
   ああ、楽しい読書だった。前作『ぼんくら』では、連作短編集のように鉄瓶長屋の人々の間で起こる事件を、馬が欠伸をしたような顔のぼんくら同心、井筒平四郎と超美形の12歳の甥、弓之助が、次々と謎解きすることから始まり、最後には意外などんでん返しがあった。本作でも又、小さな事件の積み重ねから、やがて大きなうねりをみせる。『ぼんくら』は終わっていなかった。伏線というには、もったいない逸話の数々は、大きな流れの重要な血となり肉となる。読み解く鍵は人の心。誰をかばって嘘をついているのか、それとも陥れようとしているのか。信頼できる語り手はいるのか。登場人物は、お徳、おでこ(大ファン)、佐吉や……それぞれ心に傷を負い、江戸市中の底辺に『日暮らし』のように生きながら、すっと背筋を伸ばし凛とした表情をみせる。善良な人間も間違うし生き惑う、そのもつれた人と人の関係を解きほぐしていく妙味。本を閉じた後も尚忘れがたい味わい、この暖かく心地よい世界にずっと浸っていたい気分なる。心があるのと、甘いのは別物だから、人情時代劇に腰がひける方も是非。この宮部みゆき作品は一読の価値あり。

 
  小嶋 新一
  評価:A
   良い小説に出くわすと、グイグイ引きこまれどんどんページを繰っていた、ということになるが、大別するとストーリーで引っ張るタイプと、語り口で引っ張るタイプと二種類あると思う。この作品はまさに「語り口が真骨頂!」というタイプ。
 江戸の下町を舞台に、ぼんくら同心・井筒平四郎と甥の美形少年・弓之助のコンビが、豪商・湊屋にまつわる殺人事件の真相を追いかける。
 登場する人物多数、いろんなエピソードが次々と語り重ねられていくのに、ちっとも混乱することなく読み進むことができる。それはきっと、作者の語り口の妙によるところが大きいのだろう。なにしろ登場人物みんなが、本の中でいきいきと動き、泣き、笑い、怒り、悩み、語らっている。おまけに、作者の登場人物に対する視線があったかい。だから読後感がすっきり、気持ちいい。
 上下巻あわせて700ページ超だが、そのボリュームを感じさせない書きっぷりには、改めて驚かされる。ごっつあんでした。

 
  三枝 貴代
  評価:AA
   宮部みゆきの現代小説が苦手です。彼女の小説には、しばしば、けなげで可憐で利発な若い娘、あるいは少年が登場します。しかし現代、若い娘や子供がけなげで可憐で利発などというのはありえないでしょう。彼女がなかなか直木賞を受賞できなかった頃、多くの人は審査員の見る目のなさを批判しましたが、わたしは候補作を選ぶ文春の社員が間違っていると思いました。時代小説ならすぐ受賞できるのに、と。現代にはいなくても、あるいは江戸時代には、けなげで可憐で利発な娘や少年がいたのでは? いや、幻想なんですけどね。
 ということで、ただでさえ間口の広い宮部作品の内、もっとも間口が広いことが予想される時代小説である本作は、『ぼんくら』の続編。霊験お初シリーズと同じく、下町人情捕物帖です。けなげで可憐で利発な美少年が大活躍。他の登場人物も、自然で過不足なく、しかも印象に残るキャラクター紹介によって、読者はあっというまに物語の中に引き込まれます。不幸な過去を持つ美しい女が殺され、個々に完結した短編の登場人物達が一同に会した辺りから、話は加速。読むのが止められなくなります。
 買って安心、外れなしの宮部ブランドは、本作でも安泰。絶対にがっかりしたくない人は、この本を買うと吉でしょう。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   多分わたしは、宮部みゆきとは相性がよくないんだろうなあ、と思う。何を読んでも、それなりに面白いんだけれど、「ふーん」で終わってしまう。
 今回は初めて彼女の時代物を読んでみたわけだけれど、やっぱり感想は「ふーん」で終わってしまった…。失敗の原因は、この作品がどうやら『ぼんくら』という作品の続編であったにもかかわらず、そちらを飛ばして本書を読んでしまったことにもある…のかも…。
 江戸の町での人情味豊かな人々を描きつつ、そこで起こる小さな日常の謎を解決していく連作短篇集…?と思いきや、実はそれは人物紹介を兼ねた前座で、上巻も半ばにさしかかる頃に「日暮らし」は始まる。こういうやり方ってあまり見かけないから、やっぱり宮部みゆきはうまいなあ、と思う。
 そう、いつも思うのだ。
 「宮部みゆきはうまいなあ。」
 それ以上に、言うべき言葉が見つからない。だから、やっぱり相性がよくないんだろうなあ。

 
  福山 亜希
  評価:A
   宮部みゆきさんの本は初めてだが、ミステリーのイメージが強かっただけに衝撃を受けた。時代小説というジャンルと作者が結びつかず、果たしてどんなものだろうといぶかしがりながら読み始めたのだが、どうして、これがとっても面白いのだ。
文章のリズムが良くて、正統派の時代小説といった香りがぷんぷんと漂ってくる。着物姿の登場人物が鮮やかなイメージとなって浮き出てきて、頭の中をかけめぐるのだ。主人公に愛嬌があるのも時代小説ならではの感覚だった。時代小説は物語の雰囲気が漂ってくるところがいい。映画を見ているかのように、文章がしっかりと映像になって浮かぶ。女性作家が、これだけの硬派な時代小説が描けるのは珍しいのではないだろうか。とても女性の書いた作品には思えなかった。物語の「見せ方」が非常にうまいのだ。エンターテイナーの女王だ。これからも時代小説ジャンルや他のジャンルに挑戦していって欲しいと思う。