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となり町戦争

となり町戦争
【集英社】
三崎亜記
定価 1,470円(税込)
2005/1
ISBN-4087747409

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  朝山 実
  評価:A
   ちょいと筒井康隆なかんじ。後半はおおー!ってくらい、いまの時代の作者らしさがでてくる。隣の町と戦争する? 誰が? どこで? 現場はまるで見えない。「僕」にはかわり映えのない日常がある。一方で、広報誌には戦死者が増えていく。“バーチャルな時代”とかって言葉で逃げたりせず、戦争がつかめない時代のリアルをシャープに表している。ずーっと戦争を実感できず疑問でならなかった主人公が目隠し状態で車のトランクに入れられ、そこに次々と放り込まれる死体らしき“物”の感触を全身で受けとめる。このときの現実味。皮肉なのは、これから起きる「戦争」の迷惑補填について、近隣住民に説明する役場の人間の他人事さ。イラク問題について薄笑いしている某首相が浮かんだりして苦笑(でもって恐い)。ラストがいい。仕事人間でギスギスした公務員であるヒロインの印象が、がらりと反転する。メロドラマな終わりなのかっていうと、そうでもない。楽しげな「トム&ジェリー」の追っかけっこのアニメが脳裏に浮かんで、カナシー気持ちになった。

 
  安藤 梢
  評価:A
   「となり町との戦争が始まった」そんな唐突な出だしに、思わず目を見張る。戦争というのが現実の戦いを指しているのか、それとも何か抽象的なものを指して言っているのか分からないままに話は淡々と進んでいく。分かっていないのは主人公も同じで、読者が「?」と思っている混乱を全く同じ温度でもって主人公も味わっているという妙な連帯感がある。本当に戦っているのか、敵は誰なのか、どこにいるのか、全く分からないような状態。そもそも、市でも県でもなく、町と町の戦争であるというところが絶妙である。その範囲の異常な狭さが、現実にありそうでなさそうで、といったぎりぎりのラインを踏み越えずにいる。何をするにも事務的な手続きを踏み(うんざりするような手間である)、その都度書類を提出し、任命式が執り行われる。その非効率的な一連の流れが、戦争という緊急事態と全くかみ合っていないという皮肉がいい。いろいろな教訓や隠喩を含んでいそうなこの作品、あれこれ考えずにただ純粋に話の面白さに乗っかってしまうのが一番だと思う。

 
  磯部 智子
  評価:A
   何も見えないのは、見ようとしないからだ、と強く静かに訴えてくる作品。戦争とははるか対岸での出来事、の筈だったのに。突然となり町との戦争が始まった。平和なら上意下達で良かった。人の言うことを聞いていれば、只平凡に暮らしていくことが出来た。でも戦争となったら…思考停止した現代人はこの事態にどう立ち向かう?ここからの展開がこの作品を一味違ったものにしている。多くの日本人にとって全く戦争にリアリティが無い事を逆手にとって、血の一滴も流れない、一発の銃声もしない不気味な戦時下におかれる。
公共事業としての戦争は町役場主導で、広報には戦死者12名の文字が…見えない戦争は確実に始まっている。そんな中「僕」は敵地偵察を任命される。通常の会社勤務を続けながら役場からの休業補償も付いている。実感がないから反対もせず、その理由も見出せないまま「僕」は戦争に加担していく。この、当たり前のようにじんわりと侵食されていく描写が秀逸。日常生活の延長だから、何も失わないから痛みも感じられなかった主人公の姿が、私たちに改めて深く問いかけてくるのは、無自覚は消極的な加害者だという事だ。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   テレビのディスプレイを通して見る戦争が、まるでテレビゲームのように感じられるようになったのは、よく言われるように91年の湾岸戦争からだろう。夜のしじまに光の尾を曳いてミサイルが飛び交い、翌朝までに戦況が大きく動く。僕がまだ子供だったベトナム戦争の頃とは、戦争そのもののあり方が大きく変わってしまった。
 この作品は、リアルなはずの戦争がまるでバーチャルなものの様に感じられるようになった現在だからこそ、生まれてきたんだろう。眼の前で爆弾が炸裂することもないし、機銃掃射もない。そもそも、戦闘シーンは一切出てこない。
 主人公の住む町がとなり町と戦争をはじめることになり、サラリーマンながら偵察業務を任命された彼は、とまどいながらも戦争に首を突っ込んでいく。町の様子はいつもどおり平穏無事なのに、行政の手で局地的に戦闘がくり広げられるという奇想天外な設定を、作者がどんな風に料理するのかが興味のポイント。しかしながら、テーマは興味深いのに、尻切れトンボに物語りは収束してしまう。せっかくの着想なのに、消化不良気味なのが残念。

 
  三枝 貴代
  評価:D
   舞坂町の広報誌に「となり町との戦争のお知らせ」がのり、予定通りに戦争が始まった。戦いの気配は感じられないまま、戦死者の数だけが増えていく。そしてついに僕にも偵察業務が命じられたが――。第17回小説すばる新人賞受賞作。
 ナイフを持って人を刺すことはできなくても、ミサイルのスイッチを押すことは簡単にできます。今の戦争は殺す相手を見なくてすむからこそ、いとも簡単に始まってしまう。誰もがそれを問題に感じているからこそ、この小説は高く評価されたのでしょう。わたしも、噂であらすじを知った時、ものすごく期待したし、本作を読むことができることを大変喜びました。
 しかし、これは戦争じゃないでしょう。こんなに綺麗にルールを守って行われるならば、少しも怖くなくなってしまいます。しかも、ものすごく忙しいはずの女性が、主人公といっしょに住んでくれたり、料理を作ってくれたり、ベッドに入ってきてくれたりするあたり、願望充足的というか、牧歌的だなあ……と呆れました。
 すみません。期待が大きかった分、不当に低い評価になってしまったかもしれません。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   かなりシュールな展開に読者も「僕」と一緒に翻弄される。いつまでたっても見えてこない《戦争》の姿。業務として《戦争》を淡々とこなすお役所の面々。顔の見えない犠牲者。役所の屋上に掲げられている「隣接町との戦争による健全な町づくりを!」のスローガン。
 作者が現役の公務員、ということで、いかにもなお役所の仕事っぷりにところどころ挟まれるやたらと細かい資料が妙にリアリティを持っている。落としどころがわからなくてどうなるのかと思ったけれど、まさかこういう風に落としてくるとはなあ。
 ただ、ラストはどうなんだろう。
 妙に感傷的だけれど、たとえ自分が誰かを犠牲にしていたとしても、その犠牲を知らないままでいたとしたら、その犠牲はなかったのと同じことだ、という主人公の言葉には何の皮肉も感じられない。
 それが、一番怖かった。

 
  福山 亜希
  評価:C
   自分の住む町が、より住みやすい町づくりという大儀のために隣町と戦争をすることになったら、どうしようか。住みよい町づくりがなぜ戦争につながるのかという物語の設定自体への疑問も、戦時中の日本に照らし合わせたら納得できてしまう。より良い暮らしのために戦争するという考え方は、戦時中は国民皆が当たり前のように捉えていた戦争観だったのだから。戦争によって国力が増す、戦争によって国が富むという考え方の下、一丸となって戦争に突入していったことを考えれば、住みよい町づくりのために戦争するという設定は、一見あり得ない、飛んだ設定に見えつつも、強烈なブラックユーモアとして迫ってくる。 主人公は偵察業務を担うことで隣町戦争に加担するが、戦争が始まってもその実態がわいてこない。読者の私としても、これから激しい市街戦が展開されるのだろうと構えて読んでいたのに、全く戦闘シーンは現れないから肩透かしをくったような気持ちになった。だが、世界中で起きている戦争や紛争をテレビを通じて見ている普段の私達の感覚も、この主人公の感覚に近いのではなかろうか。当事者の意識が無く、どこかゲーム感覚。強烈なメッセージ性のある物語だ。