年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

アジアの岸辺
アジアの岸辺
【国書刊行会】
トマス・M・ディッシュ
定価 2,625円(税込)
2004/12
ISBN-4336045690
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

 
  安藤 梢
  評価:C
   13の話からなるSF短編集。翻訳者が異なるためか、一つ一つの短編がそれぞれに強烈な個性を放つ。同じ人が書いているとは思えないほどの全く違う手法と発想の鮮やかさに、思わず見入ってしまう。ただ、その想像力に感嘆し、奇抜な設定に引き込まれるものの、何となく放り出されるようなオチにはしっくりこない歯痒さを感じてしまう。単に、不思議を不思議なまま受け入れられないだけなのかもしれないが。
「降りる」では、ひたすらエスカレーターで下に降り続ける男を描いている。一見ありふれたSFネタだが、その下降という物理的な恐怖に加え、男の焦りを丁寧に冷淡に描くことによって心理的にも落としていくという恐怖に、まさに手に汗握る。
「話にならない男」では、話すことに免許がいるというおかしな世界で、金や欲望にまみれたかけ引きを描き、現実世界を皮肉っている。そのユーモアセンスは抜群である。

 
  磯部 智子
  評価:AA
   SFを読む子供は危険信号を発しているのだという。ここではない何処かへ行きたいサインだから親は見逃してはいけないらしい。本当だろうか?じゃSFを読む大人は、いや書き手はどうなのだろうと思いながら読む。この作品集は、不可解なこの社会とその中でマイノリティであり続け右往左往する自分、その両方を諷刺し笑い飛ばそうとしている作品や、社会の歪みの根源には、それを構成する人間一人一人の歪みがあるという作品。そして何より見事に物語として本当に面白い!底辺にどんな真意があろうとも、皮肉な黒い笑いで楽しんでしまう、シュールでポップな異世界を、確実なリアリティで作り上げている。
イジワルかつ恣意的な情景が美しい『アジアの岸辺』、『国旗掲揚』と『争いのホネ』は悪意が炸裂。怒るべきか笑うべきか迷っている間にもこみ上げてくる『犯ルの惑星』などなど。初期作品には時代背景の古さもあるが、チャップリンの無声映画と同様に、けっして損なわれる事のない批判性と娯楽性を、併せ持った作品だった。個人的にも非常に好きだ。

 
  小嶋 新一
  評価:A
  百貨店のエスカレーターを、本を読みながら下っているうちに、気がついたら永遠に下り続けるエスカレーターの世界に迷い込んでしまった男の焦燥を描いた『降りる』は、クラシカルなテーマを扱ったSF作品だが、背筋が寒くなる結末が魅力的。本好きの貴方は要注意!間違ってもこれからは、本を読みながら下りエスカレーターに乗らないように。
 一方、本を読むことでお金が稼げる方法をコミカルに描いた『本を読んだ男』は、目黒さん・椎名さんの云う「日本読書株式会社」に輪をかけたホラ話。この話を読んで、僕も今度、全米識字能力振興会宛に閲読者養成講座の申込金を払い込むところなんだ。
 帯に「〈奇妙な味〉のフルコース」とある通り、異国情緒あふれる幻想譚や、シニカルであったりグロテスクであったりする短編一つ一つが、それぞれ独特の色ににきらめき、万華鏡のような異彩を放つ。ダールやエリンやフィニイを、早川書房「異色作家短編集」で次々と読んだ頃を、懐かしく思い出してしまった。

 
  三枝 貴代
  評価:B
   『いさましいちびのトースター』で有名なディッシュの中・短編13編を集めた日本独自編集作品集。本邦初訳も多数。
 ディッシュをジュブナイルの人だとばかり思っていたので、かなり驚かされました。皮肉で残酷な作品も多く、SFというよりもホラー、あるいは不条理小説と言ったおもむきで、これは子供にはとても読みこなせないでしょう。
 めくるめくビジュアルイメージと、しかし自分もひょっとしたら同じようなめにあうかもしれないと思わせる妙な日常性がある『降りる』。世界中どこででも英語でとおそうとする米国人の無邪気な傲慢さが印象に残る『カサブランカ』。ポルノ雑誌やAVによって愛しあう男女の間に広がってゆく相互不理解を連想させる『犯ルの惑星』。金を貰わないと誰も読まないし書かなくなった本という状況は、すぐ5分先の未来だと思われる『本を読んだ男』など。考えさせられる重い作品ながらも、娯楽性も充分です。

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   ディッシュの作品には初めて触れたのだけれど、最初の短篇「降りる」ですっかりやられてしまった。まったく前知識なしで読んだので、最初はふんふんと読み進み、やがて、「は?」と目が点になり、最後にはあまりの結末にガーン。いったいどういう作家なんだ…と、読み進めば読み進むほどいつの間にやら嵌ってしまい、本を閉じるころにはすっかり頭の中がディッシュ色。とっても奇妙で、個人的にかなり好き。
 物語はブラックでシュールなものが多いかな。カフカの『変身』みたいに、不条理で、救いがない。けれど不条理な中にも描写は緻密で、リアリティがあって、全体的には冷たくて硬質な印象。クール!
 「降りる」、「リスの檻」、「国旗掲揚」、「話にならない男」が個人的にはお気に入り。読みやすいエンタメにちょっと物足りないモノを感じている人には刺激的でオススメ!