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魔法

魔法
【ハヤカワ文庫FT】
クリストファー・プリースト
定価\966
2005/1
ISBN-4150203784

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  浅井 博美
  評価:C
   おそらく私の頭が鈍いのだと思うのだが、法月綸太郎氏絶賛の本書(帯参照)で、感嘆の声を上げることが出来なかった。爆弾テロ事件に巻き込まれ重傷を負い記憶を失ってしまったグレイのもとに、以前恋仲にあったと思われる女性スーザンが訪ねてくるところから物語が始まる。回想シーンでの、イギリス、南仏を舞台に繰り広げられる彼らの日常生活やヴァカンスの描写は秀逸なラブストーリーであるかのように進んで行く。出会いや諍い、倦怠感までもが、本書がミステリであることを忘れるくらい魅力的だ。しかしそこで現れるあるものの存在。恋愛のスパイスとは言い難い、ミステリーの題材としてもかなり特異なあるものの存在が彼らを脅かしていく。読み進めれば進めるほど本書のキーワードである「glamour」の扱いがわからなくなる。様々な意味を持つというこの単語を日本語に当てはめようとすること自体がそもそも無理なのではないか。言葉遊びによって騙されていくという面白味が持ち味の本書を日本語で完全に楽しもうとする事は私にとって難解だった。感嘆を挙げるはずの箇所では、数ページ前に戻りもう一回読み直してやっと理解するという失態まで犯してしまった。

  北嶋 美由紀
  評価:B-
   透明人間に似て異なるもののイメージが今ひとつわかず、どう受け入れたらよいのか戸惑ってしまった。
 主人公の喪失した記憶を回復させるために現れた元恋人スーザン。彼女が信じ込ませる記憶はニセモノで、そこに何か大きな謎が……という展開かと、読み始めたのが間違いのモト。こちらまで魔法にかかったようにどれが本当で何が嘘なのかわからなくなり、釈然としない、不自然さをひきずったまま読み進め、ラスト近くで人称が曖昧になったところでやっと気づいた。
「グラマー」という言葉がやたらひっかかる。おそらく原書で読むべき作品であり、訳者泣かせだなあという印象の方が強い。「あとがき」「解説」の“glamour”の説明はナルホドで、おもしろかった。
 私にはスーザンがそれほど魅力的な女性とは思えなかったし、退院後の主人公もインパクトが薄くなったように感じたが、これも魔法だろうか。

  久保田 泉
  評価:B
   読後感が、まさに魔法にかかったような気分になる。物語の前半と後半では、がらっと話の雰囲気というか、方向性が変わってしまい驚く。主人公リチャード・グレイは、幾度となくおのれの生命を危険にさらした、勇気ある報道カメラマン。実はこれが既に物語の魔法を解く重要な要素となるのだが、もちろんそれは読んでのお楽しみ。そのリチャードが爆弾テロの巻きぞえを食って重傷を負い、数週間の記憶を失ってしまう。入院している彼のもとに、一人の魅力的な女性スーザンが訪ねてくる。この、魅力的という言葉も、魔法を解き明かすキーワードなので、要注意。彼女は、事故の直前に別れたガールフレンドらしいが、リチャードは何も覚えていない。しかし、彼女に会ったとたん惹かれるリチャード。だがなぜか敵意のようなものも感じてしまう。物語はスーザンにつきまとうナイオールとの三角関係を軸に、ファンタジックで、想像不可能な展開の中、魔法の秘密を見せていく。楽しみが半減するので あまり説明出来ないのが残念だが、読むにつれ驚きが増す、稀有な小説だと思う。

  林 あゆ美
  評価:A+
   第一部はたったの3ページ。一部の最後に書かれているように、これは、さまざまな声で語られた物語で、さまざま故に、物語の骨格をつかんだと実感した次の瞬間に、それがするっと抜けて、また骨抜きになってしまう。それらを何度も繰り返し、繰り返し、気づくと物語はすでに後半だった。
 報道カメラマンのグレイは、爆弾テロに巻き込まれ記憶喪失で病院に入っている。失われた記憶に辟易しているところに、かつての恋人だと名乗るスーザンが面会にきた。まったく覚えていないが、恋人だったのだから一緒にいることで、記憶がつながるのではないか、そうグレイは望みをたくし退院する。これが物語の最初の筋。進んでいく筋を追いかけながら読むわけだが、今まで追ってきた筋をするりと通り抜ける仕掛けがあちこちにでてくる。するりと抜ける感覚も慣れてくると、読み進める楽しみになる。最後の最期まで、その仕掛けがほどこされていて、作者の技量にほれぼれした。

  手島 洋
  評価:AA
   「読者は感嘆の声を挙げずにはいられないだろう」と帯に書かれた法月綸太郎の言葉通りの凄い一冊。P.K.ディックの「宇宙の眼(虚空の眼)」、フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」に匹敵する傑作。SFファンだけでなくメタフィクションや幻想文学に興味のある方はぜひとも読んでほしい。
 爆弾テロで記憶を失ったカメラマンのグレイは海の近くの病院に入院していた。そこへかつての恋人が訪れ、彼は徐々に記憶を取り戻して行く。しかし、彼女にはどうやら謎の恋人がいて、何か大きな秘密を持っていることが分かってくる……。
 粗筋を書くとどこがそんな凄い本なのか分からないが、後半に秘密の全貌が明らかになったとき、主人公だけでなく、読者自身まで途方にくれ、「小説」とは何なのか、という疑問をつきつけられることになる。それこそがこの本のミソなのだが、これ以上説明したら、面白さ激減。あとは黙って、ひとりでも多くの人が驚くのを待つばかりだ。

  山田 絵理
  評価:C
   表題の『魔法』を夢が叶うような明るいイメージで考えていた私は、中盤から本書に翻弄されっぱなしで、理解するのが大変だった。もしこれから読むのであれば、巻末の解説で本書のキーワード「魔法」の多義的な意味を頭に入れてから読むことをお勧めする。
 主人公グレイが爆弾事故に巻き込まれ記憶を失う。彼の前にかつての恋人スーザンが現れ、彼の記憶を取り戻すべく二人の過去を語りだす。それは二人と彼女の昔の彼ナイオールとの奇妙な三角関係の話だった。グレイとナイオールの住む世界は全く別の世界だ。そしてスーザンは二人の男性の間で迷っているかのように、二つの世界を行き来しつつ、グレイに思いを寄せていく。だがグレイはそんなスーザンを理解できない。
「魔法」とは欲望の世界への扉を開く力なのかもしれない。だから訳者は「魅する力」という訳をあてたのだろう。欲望にかられながらも、まっとうに生きたいという願い。本書はその葛藤に苦しむヒロインスーザンの、悲劇の物語とも読めるかもしれない。

  吉田 崇
  評価:C
   出だしが退屈で、第二部が終わるまでなかなかページが進まない。元々ファンタジイには苦手意識があり、この本が早川文庫のFTでタイトルがまんま『魔法』というのだから、非常に気が滅入っていたのだけれど、いやはや何の、面白い面白い。俄然勢いが出てくるのは第三部から。ホント、物語の魔法にかけられる感じ。著者の力量を感じます。
 失われた過去をたどるうちに現れる現実の新しい形象という内容は、実は結構陳腐な物だったりするのだが、そこにかけられる魔法というエッセンスがオリジナル。現実崩壊感はディックの供する作品の方がめちゃくちゃっぽくて切ないのだが、こちらはより上質な大人の為の小説。アン・ライス「夜明けのヴァンパイア」を思い出したのは僕だけでしょうか?
 子供にはオススメ出来ないファンタジイです。