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勝手に目利き
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ユージニア

ユージニア
【角川書店】
恩田陸
定価 1,785円(税込)
2005/2
ISBN-404873573X

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  朝山 実
  評価:AA
   「マルホランド・ドライブ」を想わせる。もやもやしてリピーター続出のデビット・リンチの映画だ。何十年も昔に起きた、当時世間を震撼させた事件について、いろんな人たちの証言を何者かが聞いてまわる筋立て(宮部みゆきの『理由』に似ているが、もっともっと不親切)。注意していると少しずつ証言に食い違いがある。妙に細かなところと曖昧なところ。その感じがリアルだし真相に近づこうとするほど、ぬるっと真実はこぼれ出てしまう、落ち着かなさ。読むほど謎がわいてくるし。説明なしに、事件を取材したノンフィクションのような小説のような本の一節が挿入されていたりする。捜査資料が詰まった箱を「はいどうぞ」と託されたみたいで、頭の中は???。なんともいえない奇妙さで物語の中にひきずりこまれて、何度も読み返す。でも、いちばんの面白さは、年月とともに近辺にいた人たちの身の上が変転していったのがわかってくるあたり。わかろう、わかりたいと思う強い欲求と、あったことのすべてをおぼろげに飲み込んでしまう時間。ふたつをぎったんばったん眺める小説だ。

 
  安藤 梢
  評価:B
   毒物による大量殺人事件の真相を、時間が経ってからの当事者たちへのインタビューという形で明らかにしていく。どんなにおぞましい事件でも時間が経つことで、誰かに伝えたい、形として残したいという人々の欲求が高まっていくものなのである。事件そのものの顛末を描くのではなく、その事件に遭遇した人たちの感情を追うことで、事件そのものを新たに形作っていくような流れである。同じものを見ていても、見る人によっていかに異なって映るか、記憶というものがどれほど曖昧なものなのかを思い知る。ただ、そういうあやふやなものを辿っているが故に、読み終えてもどこかすっきりとしないものが残ってしまう。結末へと向けての物語の盛り上がりに引き込まれていただけに、どんなふうに終わるのか期待が膨らみすぎていたのかもしれない。カバーの裏面にも一工夫あるので裏返して見るのをお忘れなく。

 
  磯部 智子
  評価:A+
   2回、繰り返して読んだ。最初はその雰囲気に酔い、2回目は読み解こうと試みた。本当に様々な要素を濃縮した内容となっている。32年前の北陸K市の事件。毒殺された17人、生き残った盲目の美少女・緋紗子、事件から10年後に書かれた本、犯人が遺書を残して自殺した後も、事件関係者達はある一人の人間を疑っていた。事件当時、子供だった満喜子が多数の人間を取材し『忘れられた祝祭』を出版する、これが一度目の「過去の再構築」だが、今、又その同じ道のりを辿り複数の人間の声で語られる二度目の「過去の再構築」が始まる。「見られている人間」と「見えない人間」真実は一体何処にあるのか。解析してもこの不思議な魅力の中心には辿り着けず、信じやすい人間を揶揄しゴツゴツしたものをするりと飲み込ませた作家からの問いかけに答えられない自分がいる。是非、読んで味わって欲しい。ところで背景にある北陸の気候の厳しさを御存知だろうか?4ヶ月にわたる雨と雪の曇天、短い春、そしてフェーン現象で情景が歪んで見える程蒸し暑い夏…。

 
  三枝 貴代
  評価:A+
   北陸の暑い夏。嵐の午後。青澤家で十七人の人間が殺された。祝いの席で出された飲み物に毒が盛られていたのだ。事件は飲み物を配達した青年の自殺で終わったが、関係者の多くが、真犯人は生き残った美しい盲目の少女・緋紗子ではないかと疑った。事件からおおよそ十年、関係者の証言を集めた本が出版された。呼応するように消される証拠。さらにその二十年後――。
 大きな事件、あるいは大きな障害、事故にあった時、人はそれを偶然だとは考えません。何かを失ったかわりに別の物を得るはずだと思ったり、あるいは過去の罪の報いだと考えたり、裏に大きな陰謀があるのではないかと疑うのです。事件関係者の証言という形で提示されたこの小説は、そういった人間の感情を、ぴんと張りつめた糸のような緊張感で緻密に描き出しています。正確な描写は、事件の様相ばかりでなく証言者の人となりまでをくっきりと読者に伝えてきて、まさにこれは恩田陸の小説技法の究極だと言って過言ではありません。最後から2ページ目の最後の1行に込められたもう一つの可能性は、ほんとうに怖いです。
 

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   とにかく装丁が凝っているので、買った人は必ずカバーを裏返して見るべし。
 クライマックス前までの雰囲気は東野圭吾の傑作『白夜行』を思わせる。ただ、ヒロイン(?)緋紗子はちょっと型どおりっぽいかなあ。もうすこし凄味を利かせてほしかったような。
 それから、わたしが読んでいて一番不気味だったのは、正体のしれないインタビュアーだったんだけれど、このインタビュアーの正体がわかってからが若干拍子抜け。いきなり感情的になっちゃうし…。この人物は徹底的に冷静で何を考えてるのかわからないような人であってほしかったような。
 なんだかいろいろ難癖をつけてしまったけれど(笑)、それはそれだけこの作品がおもしろかったからであって、個人的にはかなり好きな作品。ただ、人を選ぶ作品だと思う。万人受けはしなさそう。

 
  福山 亜希
  評価:B
   評価「B」は、随分辛口につけた。だって読んでいる最中は面白くてしょうがなくて、これは評価Aじゃ足りない、AAにしようか、それともAA+にしようかと思いながら夢中で読んでいたのだから。Bと評価した理由は、こんな面白い本を読み終わってしまって、本当に悲しかったからだ。悲しい気持ち、この喪失感を、評価「B」という形で表わしてた。読めば読むほど残りのページが少なくなるのは当たり前のことだけど、この当たり前のことがどれだけ寂しかったことか。
町の有力者で、代々医者の家系である青澤家のお祝いごとの日に、事件は起こった。事件当日、多くの人が集まっていた青澤家に、お祝いの贈り物を装った毒入りの飲み物が送り届けられたのだ。老若男女、その時青澤家にいたほとんどの人がその飲み物を飲んで死んでしまった。一人、目の見えない青澤家の娘・緋紗子を除いて。緋紗子の美しさと妖しさを含んだ魅力に翻弄される周囲の人々。読者もきっと同じ様に、緋紗子の言動に惑わされていくに違いない。最後の1ページを読み終えるまで、あなたのドキドキの振幅は大きいままの筈だ。