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ヘンリ−の悪行リスト

ヘンリ−の悪行リスト
【新潮文庫】
ジョン・スコット・シェパ−ド
定価 860円(税込)
2005/1
ISBN-4102151214

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  浅井 博美
  評価:C
   非常にアメリカ的、ハリウッド的、ベン・アフレック的作品とでもいおうか。読みやすい上に様々なエピソードが満載で、すいすいページをめくってしまうのだが、どこかすべてが巧妙に作り上げられた「張りぼて」という印象を拭えない。そもそも主人公ヘンリーが初恋の女の子に振られたからという理由で、血も涙もない“暗殺者”という異名を持つ、いわゆる「ヤンエグ」になってしまうという設定からして、なんだが安っぽいし、あることがきっかけで自分の今までの罪を償う贖罪旅行に出かけるのだが、もちろん一人旅なんて訳じゃなくちゃんと女連れだし、ヘンリーがひどい仕打ちをしたはずの人たちもなんだか簡単に許してくれてしまうし、しかも贖罪されたことによって以前よりハッピーになったなんていうお手軽っぷりだ。先に述べたベン・アフレックもハートフルな仮面をかぶったいけ好かない感じという、本書のイメージに適任なのだが、読み終えたあとに思わず顔を思い浮かべてしまった人物がいる。ぜひ彼も加えたい。若い頃にさんざん悪さをしつくして心を入れ替えたとされている彼だ。アメリカ的、ハリウッド的、ベン・アフレック的、ジョージ・ブッシュ的作品、と。

  北嶋 美由紀
  評価:C
   最後まで「贖罪」という言葉がひっかかって仕方がなかった。私の語感では「贖罪」とはもっと宗教的な意味合いをもった重々しいものだ。 ご都合主義的にすまされてゆくこの作品の「贖罪」は、10年かかって築き上げた第二の自分を多少のためらいはあるもののアッサリ捨てる主人公と同じくらい現実味がない。全体を見渡せば、ハートウォーミング・ラブストーリーで、あと一味スパイスをきかせればひきしまるところなのだが、軽く笑ってすませるには「贖罪」が重く、シリアスに受け取るには内容が軽い。中途半端なのだ。「おわび」「謝罪」くらいの訳語だったらスンナリ受け入れられたかもしれない。反省とおわびの人生やり直しツアーに出かけるヘンリー、その添乗員兼アドバイザー役のソフィーには謎があって……妙なこだわりで申し訳ないが、このほうが単純でおもしろいと思う。
 身分は詐称だが、相手の内面にズカズカ入りこみ、核心を言い当てるソフィーは案外即効性バツグンの荒治療セラピストとしてやっていけるかもしれない。

  久保田 泉
  評価:A
   洗練されていてウィットにも富んでいて、楽しんでページをめくっていると、ふいにダーっと読者の涙を溢れさせてしまうような、まさに快作だ。
 題名から内容が想像もつかないところもいい。主人公は企業乗っ取り会社で、暗殺者の異名を取る冷酷無比なヘンリー・チェイス。そのパワーの源は、かつて自分を捨てた故郷の恋人への憎しみだけだ。その憎しみが誤りだった事に気付いたヘンリーはショックのあまり身を投げようとする。そこへ現れたのが自称心理学を専攻する謎の学生ソフィー。良心を取り戻したヘンリーは、ソフィーとの贖罪の旅で、ヘンリーがかつて深く傷つけた人達から許しを得られるのだろうか。このテーマを巧みなエピソードでラストまで引っ張る作者の瑞々しい力量が心地よい。
 読むうちに、死ぬほど嫌なヤツだったヘンリーにどんどん情が移っていく。“過去にこだわるのをやめれば、それだけいまを生きることができる”こんなストレートなメッセージに泣きながらうんうんとうなずく自分がいた。ちょっと恥ずかしい…

  林 あゆ美
  評価:C
    「暗殺者」の異名をもつ主人公ヘンリー・チェイスは、ホールマン社の重役。社長からは目をかけられ、ビジネスはおもしろいくらいにうまくいっていた。そんなヘンリーも高校生の頃は目立たない貧乏学生、でも心は優しかった。エリザベスという高校時代の美しい同級生から受けた仕打ちが、彼をビジネス社会でのし上がる悪の力をもたらせたのだ。ヘンリーは自分の最終目標を達成するために、故郷にもどるのだが、ひょんな事から、ホテルのメイドと、自分のした悪事の贖罪ツアーに出発することになった。
 ザ・悪のようなヘンリーが突然、善人になろうとする展開は、さながらファンタジーの幕開け。確信犯でしでかした悪事など、単純に「ごめんなさい」ですむものではない。そんな難題を、メイドのソフィーとヘンリーは誠実に勇敢に立ち向かっていく。やっぱり人は善でこそ動くのだと、すがすがしい気持ちになれる。できすぎているくらいの物語の運びも、これはこれでいいのだと思えてしまうのが不思議。

  手島 洋
  評価:C
   田舎に暮らす平凡な高校生ヘンリーは酷い失恋をしたことをきっかけに、その復讐を果たすべくスーパー・エリートになる。しかし、ある日、自分を捨てた彼女が死んだと聞き、絶望し、自殺を図ろうとしたところをホテルのメイドに止められ、今までの罪を償う贖罪ツアーに出かけるよう勧められる。
 いわゆるコメディー・タッチのハートウォーミングなストーリーなのだが、読み終わって釈然としなかった。主人公は復讐のために努力したおかげで「暗殺者」と恐れられるほどのやり手のエグゼクティブになり、彼を振ったエリザベスは最上流階級に属する学校一の美女だったりと、何もかもがあまりに極端。これは単なるいい話のまま終わるはずがない、映画「へザース」みたいなぶっ飛び方をしてくれるはずだと、勝手に思い込み、わくわくしながら読んでしまったのだ。最後まで読み進んで、オチはどこに行ったんだ、と叫びたい気分になった。みんな、そんな期待をしないで素直に感動できたのだろうか。他の採点員の方々の書評がすごく気になる。

  吉田 崇
  評価:C
   考えてみれば、凄いオチなのである。こんなのありかよ、と思ってしまうのである。ヘンリーが可哀想じゃん、と感じてしまうのである。でも、本人が満足ならそれでいいか、と妙に納得したりもするのである。結局、幸福の基準は人それぞれということで、不幸の基準というのもこれまた同様。悪行も善行も、本人の気分次第だったりする訳で、主人公ヘンリーが、自らの過去に犯した悪行をリスト化した時点で、この物語のトーンがハッピーなものに決定する。乗っ取りだの買収だのをする会社の若き重役で、『暗殺者』などと呼ばれて崇拝されているヘンリーが、こんなささいな悪行だけしか犯していない訳がない。リアルに考えれば、今更謝ろうにもその相手はあの世に引っ越した後だったり、もっと言えば顔も名前もない相手だったりもするだろうから、なるほどそれでは話にならないのだ。
 唐突ですが、楽しく読める小説です。