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素晴らしい一日

素晴らしい一日
【文春文庫】
平安寿子
定価 590円(税込)
2005/2
ISBN-4167679310

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  浅井 博美
  評価:C
   私もアン・タイラーが好きだ。普通の人の普通の人生なんてそもそも存在していなくて、全ての人の全ての人生が特別なのではないかと思わせてくれるところに魅力を感じる。ペンネームからしてかなりのアン・タイラーフリークである平安寿子氏の本書もそんな心地よい気分を味あわせてはくれる。私と同じ国、同じ年頃、同じ性別の人々が登場人物なのだから、もっともっと親近感を持って物語の中にのめり込めるはずだった。しかし、どうもそうはいかない。もの凄く偏った個人的な意見であると最初に断っておくが、洋服の描写がどうも駄目なのだ。「トレーナーにキュロットスカートにスニーカー。」「キルティングのリュックも手提げのバッグもほっそりした身体に羽織っている春物のジャンパーも、全てピンクのピラピラしたナイロンだ。」「デニムの丈の長いジャンパースカートにジージャンをはおり…」やはりファッションセンスというのはリアルな女性を描く上で重要なポイントだと思うのだ。男性作家なら若干目を潰れる部分もあるが、女性作家となると厳しい。本書の単行本は2001年刊というのだから時代遅れで片づけられもしないだろう…。

  北嶋 美由紀
  評価:A
   久しぶりに心地よいおもしろさを感じた。表題作を含め6編の短編集だが、どれも少しずつ違った趣がある。表題作は最後にその“素晴らしさ”がわかるし、「誰かが誰かを愛してる」の留袖にこだわる妻は女性ならではの発想。「商店街のかぐや姫」の登美子ママのセリフは真剣に本音で生きてきた貫禄を感じる。全編を通して描かれる一見したたかで強い女性達は、心の底は寂しく、あたたかいし、ふつうなら腹の立つ甲斐性なしのダメ男もこの作者にかかるとなかなかに奥深い人間味を感じたりする。怒る気も失せて笑ってしまえるのだ。どんなに軽薄で頼りないバカ男でも最後までとことん人を傷つけないのがよいのだろう。幸せいっばいではないが、どうにも救いのない悲惨さはなく、笑みさえこぼせるホンワカとしたあたたかさ、何とかなるさという希望が、読み手の気持ちをほぐしてくれるのだろう。

  久保田 泉
  評価:A
   素晴らしい一日は、オール読物新人賞受賞の表題作を含めた六編からなるデビュー作で、平安寿子の類稀なる才能の原点といえる一冊だ。平安寿子の小説に登場する女性はみな一生賢明なのに、なぜか人生上手くいかない人ばかり。対して男はダメ男だけど、どこか憎めないヤツばかり。こういうハンパキャラ達が、この作家の卓越したユーモアと重い人生もあっけらかんと描写する巧みさで、イキイキと動き出す。同じく平安寿子を絶賛する北上次郎氏は彼女の作品のテーゼは、「好きに生きればいいじゃん」だと言う。同時に作者は、“人の気持ちがつながるのは、ほんの一瞬だけ。だからその瞬間が大切なんだ”と伝えたいのだと思う。人生どん底でも、幸福の絶頂でもじっと自分を見つめてしまえば、人はみなすっごく独り。それを知らずして、幸せという一瞬は味わえないのだよ、というモチーフが文句なく面白い作品を産み出していく。理屈っぽくてスイマセン。未読の方はこの作品を出発にして、全ての作品をお読み下さい。とにかく元気が湧いてきます!!

  林 あゆ美
  評価:A
   ぱぁっとした気分になりたいなら、どうぞこの本を。自称「21世紀とともに生まれた新世紀のユーモア作家」が描く短編6作品。どれもが、いいとこつくなぁとホロリとしたり、やぁやぁよく言ってくれたぜとスッキリしたりで、読後感がすばらしく良い。
 表題作の「素晴らしい一日」では、20万円貸したお金を取り戻そうと力んで行った先で、ことごとく相手のペースにはまり、なんだかハッピーにお札がもどってくるというお話。お金を貸すのも人によっては悪くないなと、ふつうの常識では思わない気持ちになり、しかしながらその妙な気持ちに納得できてしまう。一番好きなのは最後の「商店街のかぐや姫」。浮気ばっかりする亭主なのに、なぜ別れない? なんでかぐや姫なの? いくつもつけたくなる「?」を、まぁ、そういうこともありますわな、最後まで読んで読んでという作者の声に耳をかたむけ、最後まで読むと、「そうね、そういうこともあるね、愛がなくなったわけでもなし」なんて、やっぱり納得してしまう。これからも要注目作家です。

  手島 洋
  評価:AA
   初めて読む作品だったが、完全にハマリました。思いっきりツボです。
 会社が倒産し、お金に困り、昔、金を貸した男のところに取り立てに行くと、借金して返すから一緒に借りに行こう、といわれる。表題作はそんなふうにはじまる。男は他にも借金だらけなのに平気でニコニコしているダメ男。その男と主人公は借金するため会いに行く。男に貢がせ割のいいバイトで稼ぎ、金に不自由していない女子大生。偉そうに説教するのが大好きなホステスなどなど、次々と妙な連中が登場し、多くの人が意外なくらいあっさりとお金を貸してくれるのだが、時間の経過とともに、男が相手にお金をせびるだけのダメ男でなく、相手の気持ちを考え喜んでもらおうと真剣に考えている、彼らにとって必要な存在なのだと分かってくる。何の役にもたたないように見える人間のもつ隠れた魅力を説教くささゼロで語ってくれるのだ。そのセンスのよさは読んでもらうしかないのが残念。男ののんびりした語り口といい、すべての登場人物に対する作者の愛情に満ちた視線といい、大好きな、さそうあきらの漫画を連想してしまった。

  山田 絵理
  評価:C
   6つの短篇が収められているが、それぞれの登場人物の造詣が素晴らしい。完璧な人なんか出てこない、全て平凡な市井の人。でも、それぞれ悩んでいる。例えば、自分の殻を打ち破りたいと悩む女とか、不倫相手を妊娠させおろおろしている男とか、あこがれの女性とのつながりを持ちたくてその息子のプロポーズを良く考えもせず受けてしまう女、とか。
 100%まっとうな生き方とは言えないけれど、作者はその暗部を照らし出すことはしない。明日を信じて、とりあえず前を向かせて、一歩踏み出させる。表題作の「素晴らしい一日」では、失業し恋に敗れた女性が、かつて恋人に貸した金を取り立てることで、人生を立て直そうとする。見習うべきは、女性のかつての恋人で、甲斐性無しとぼろくそに言われる男だ。いつでもどんな場面でも「最高にハッピーの笑顔」をし、相手を幸せな気分にさせることに心砕く。
 登場人物は個性的なのだが、話の展開にもう一ひねりほしい気がした。私としてはもう少し何か、心に訴えるものが欲しかった気がする。

  吉田 崇
  評価:B
   これは、いい。
 何より言葉のリズムがいい。『オンリー・ユー』の中の「社長! しゃちょお! チッ……クショー!」の部分で思わず手をたたいてしまった。会話にも、描写する文章にも、無駄が無く、必要十分な言葉達がぐいぐいと物語を進めていく。文章のリズムのいい作家の作品は安心して読む事が出来る気がして、それは作品世界に対する作者の気配りが行き届いているという感覚のせいなのだけれど、たとえて言えば、超一流ではないにしても昔から良く通っているおいしいレストランのシェフの料理。読み終わると、暖かくて幸せな気持ちになれる。
 毎度ながらの不勉強で、著者の作品は初めて読むのだけれど、この短編集以外のものもきっと面白いんだろうな。「二十一世紀とともに生まれた新世紀のユーモア作家たる」平安寿子には、注目したいと思います。