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猛スピードで母は

猛スピードで母は
【文春文庫】
長嶋有
定価 400円(税込)
2005/2
ISBN-4167693011

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  浅井 博美
  評価:A
   「子供ってさ。子供って、全部あんたみたいなのかと思った。そしたら違ってた」子供にとって母親からもらえるこれ以上のほめ言葉があるだろうか。12歳の少年慎の母の職業は保母なのだが、自分のクラスの苦手な子供に街で出くわしてしまったときに思わず発した一言だ。この親子が仲良しであるとか、母親が慎のことをすごく大事にしているとか、そんなことはよーく注意しないとわからない。そんな人間関係の具合が私にはちょうど心地良い。少し毛色の変わった自分の母について、息子である慎の視点から描くお話なのだが、この手の物語にありがちな彼の母の奇妙さをことさら強調したり、12歳であるにも関わらず、不自然な訳知り顔の少年であったりすることもなく、淡々と物語が進行していくところに非常に好感が持てた。目を凝らさないとわからないくらいの、慎の母親の優しさとも何ともいえないような不器用なあたたかさは、それに一度気づいてしまうとじわじわと効力を発揮し、彼女の独特の愛情表現でないと物足りなく感じられるようになってしまいそうな魅力がある。 

  北嶋 美由紀
  評価:B
   小学生の視点がこの作品のよさだろう。母の家出+父の愛人の出現という珍事をスンナリ受け入れ、かつ心地よいだらしなさに解放感を覚えてゆく小四の女の子。たくましい母の女のさみしさを見てしまう小六の男の子。恋愛や夫婦の根本的なことはわからなくとも子供独特の鋭さで案外本質を見抜いているものだ。二年ほど前からこの作品を目にしていたが、私も名前の字づらとタイトルから作者は若い女性だと思っていた。しかし、表題作はやはり男性の書いた男の子だ。やさしい保母より返済督促係が性に合う母はユニークでどっしりと構えていて、男性的なのに慎は常にどこかで母を守ろうとする意識があるからだ。やはり作者は男性と決定的にわかったのは、「サイドカーに犬」は夏休みの話であるのに苺を食べる場面があること。主婦感覚で申し訳ないが、夏に苺は?である。まれにアメリカ産があるけど高いしマズイし。はっさくもやや?だが。細かい違和感はさておき、二編とも忘れてしまった子供の感覚を思い出せたような、不思議な読後感だった。

  久保田 泉
  評価:B
   長嶋有は、中性的な魅力がある。文体も、登場するキャラクターも。文学界新人賞の「サイドカーに犬」には、薫という姉と弟が出て来るが、読んでいて最後まで、薫が男であっても何の問題もないような気がして仕方なかった。いい加減な父、家を出た母、無邪気な弟、そこに突然颯爽と現れる愛人の洋子さん。それが薫の小四の夏休みの幕開け。設定はかなりどろどろなのに、さらさらとした独特の空気と文体でいつのまにか、長島ワールドに浸かっていることに気が付く。表題作の「猛スピードで母は」も、離婚した母と暮らす小六の慎の、あまり穏やかとも幸福ともいえない日常が乾いた文体で綴られていく。
 そして、両作品に共通しているのは、突如その淡々とした中に飛び込んでくる涙のシーンだ。それは、サイドカーの中では、洋子さんが果物を食べながら流す涙で、猛スピードの中では、母が慎のためにした、ある大胆な行動の後に流す慎の涙だ。均衡を破るようなその涙でさえ、長嶋有が描くと音もなく流れる。長嶋有という個性はなかなかに曲者だ。

  林 あゆ美
  評価:B
   慎が小さい時に母は離婚し、祖父母の家に住むようになる。恋人らしい人は何人かいたようだが再婚にはいたらず、慎は小学生になった。車を運転中、先行車を追い越したあと、母は息子に伝えた。「私、結婚するかもしれないから」さぁ継父登場か、慎の心情にどんな変化が!と、期待する必要はなし。母と彼氏のやりとりもふくめ、未来のお父さんになるかもしれない人とのやりとりはいたって淡々としている。そして、慎と「結婚するかもしれない」人がよい感じになれた矢先に……。
 感情をクローズアップせずに、気持ちはあくまでも抑えて描かれ、物語に余韻をもたせている。もう1作収録されている「サイドカーに犬」にも同様の空気が流れ、母親が出て行ったあと、父親のもとに風変わりな愛人らしき洋子さんが登場する。子どもたちもいつしかその洋子さんと親しくなっていき、そこにハプニングがおきる……。やっぱり体温低く語られるそれらは、低いゆえに残るなにかがある。このなにかが、長嶋有作品の魅力だろう。

  手島 洋
  評価:A
   二つの物語が入った短編集。どちらの短編も、主人公が子供のとき出会った大人たちを回想する形で書かれている。妻に逃げられ愛人を自宅に呼び、訳のわからない商売を始める父親。夫と別れた後、職を転々としながら子供とふたりで暮らす母親。そして、彼らの愛人や恋人。といった、変な大人たちと子供のやりとりが面白い。常識にとらわれていない大人の前では、子供のほうが常識人で「大人」だったりするものなのだ。そして、そんな変な大人のことが、やけに印象に残っていたりする。「麦チョコ」、「パックマン」、「新オバケのQ太郎」なんていう懐かしい固有名詞が飛び出してくるのもうれしかったが、一番印象的だったのは、夜中、歩いて山口百恵の自宅を見に行く場面。国立の町を歩きながら、RCサクセションの「いいことばかりはありゃしない」の一部を歌うのだ。そう、まさにRCこそ、どうしようもない変なやつらの集まった最高のグループだったのだ、と訳のわからないところで盛り上がってしまった。

  山田 絵理
  評価:A
   本書は大人の目線を持ちつつ子供の目線で描かれた、不思議な作品だ。なぜなら読んでいると、少し色あせた日焼けした写真を眺めているような気がするからだ。自分の子供時代を思い出させるような、懐かしさが漂う。
 一方、子供の目線で描かれる、細かい描写も私は好きだ。たとえば、麦チョコの名称には2種類あるといったくだりや、麦チョコを噛んだ時の感触。「クイズダービー」の司会の大橋巨泉の話や「ドリフ」の話。母が回す洗濯機の中に出来た山盛りの泡……。それらが自分の子供の頃の目線を思い出させる。
 夏休みを父の愛人と過ごした話や、結婚すると宣言した母を見つめる話の2編が収められている。冷静にことの成り行きを見つめる、主人公の子供の語りが続くが、突然、母と父の愛人が対面した場面や、母が連絡もなしに一晩帰ってこなかったという、一大事が登場する。愛人や母の寂しい胸中、眺めることや待つことしか出来ない子供の不安な心のゆれが伝わってきて、心を揺さぶれられてしまう。

  吉田 崇
  評価:C
   文學会新人賞受賞作の『サイドカーに犬』と芥川賞受賞作の『猛スピードで母は』の2作品の収録された本書、何とか賞受賞というのにめっぽう弱い僕としては、ずいぶんと期待を込めて読み始めたのですが、さららっと読めて、読後感は「む?」って感じ。つまらなくはありませんが、つまらなくなくもない。
 子供の視点で見た、ちょっと一般的でない大人達の世界。片親だったり愛人という存在が出てきたりと、ま、子供自身にとっては大して意味のない現実ですが、現代の日本の中ではちょっと不幸せというイメージ付けがされる様な親子関係が客観的に、時にユーモラスに描かれています。登場人物はそれぞれくっきりとした輪郭をもっていますし、平明な文章は、嫌みなく作品世界を伝えます。読みやすくて、本自体が薄いので、さららっ。「む?」っていうのは、「だからどうした?」って言うのとおんなじ感覚なんですが、自分も同じ様に育ってきてるもんで、なんか表面だけ撫でられた様な感覚で期待はずれ。本当はその底の方に面白いモンがあるはずなのになぁと考える次第。
 ちなみにサイドカーには熊だと思うのは、僕だけでしょうか?