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格闘する者に○

格闘する者に○
【新潮文庫】
三浦しをん
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-4101167516

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  浅井 博美
  評価:B
   上質のメルヘンを読み終えたみたいな読後感だ。
 取り柄は足の美しさだけ、という女子大生可南子の、のんびりとも奇怪とも過酷とも言える「就職活動」生活をつづった物語にも関わらず、である。冒頭作中に登場する可南子が就職の小論文で書いた、王女と象の寓話もステキだが、本書は全編が美しい寓話のような魅力を放っている。
 可南子の前に現れる様々な会社の面接官達は嫌な奴もいれば、物わかりが良さそうなのもいる。まるで、おとぎ話にでてくる良い魔女、悪い魔女のようではないか。可南子を取り巻く環境は、父は有名代議士で、母は継母、弟は腹違い、住居は豪邸。親族会議が催されるとなれば町中の一大行事となり、振り袖での出席が義務づけられる。こんな突拍子もない雲の上の世界の様な環境設定だからこそ、独特な臭いがするのに誰も気づかない、非常に狭い世界であるにも関わらず、学生にとっては正論も常識も二の次で会社のルールのみが神になってしまうという「就職活動」という閉鎖された奇妙な世界を、遠くからクリアに眺めることができ、非常に興味深かった。そして数年前のがむしゃらだった自分が少し哀しくなった。

  北嶋 美由紀
  評価:B
   冒頭の変わったおとぎ話ーとても意味深長に思えるお話は、この作品の本質的なことにかかわる示唆であろうと、きっと最後に合点のいく大きな意味があるのだろうと思っていた。可南子の家族の内情が明らかになり、複雑な家族関係の中に取り残された彼女の寂しさかとも考えた。まさかこんなオチだったとは! 深読みしずぎたことに笑ってしまった。
 私も就職難の中、何とかなるさとのんびり構えていたクチであり、思い出が共通するところがあって楽しかった。可南子のおっとりとした性格、ひねくれず、高慢にもならず、自分を見失うことなく生きている様は好感がもてて○である。彼女が何と格闘したのかといえば、もちろん就職であろうが、彼女にとって就職は経済的意味合いより藤崎家から逃がれる方便であり、血族からの独立であり、かつ自分の楽しみのためである。結局自分を取り巻く環境と今の立場と格闘していたのだろう。労せずして楽な一生を選べる立場にいながらも格闘する彼女にエールを送りながら読んだ。

  久保田 泉
  評価:A
   近著「私が語り始めた彼は」で、とても20代とは思えぬ作者の、老練な上手さに舌を巻いたが、作家三浦しをんの出発点である本作品は、明るい語り口で作者の魅力が存分に詰まっている。大学生活で一番頑張ったのが、漫画を読んだこと。だから、漫画雑誌の編集者になれたらいいなあ、という太平楽な女子大生可南子の就職活動を通じて格闘する日々を、ぐいぐい読者を引っ張る面白さで描いていく。状況設定や、キャラクター、エピソードの全てが、三浦しをん色に彩られていて、ものすごーくユニークなのに、あるあるこういうの……とうなずかされてしまう。ページをめくる手がスピードを増し、ニコニコ笑い出す。可南子の就職は全く決まらず、訳ありの家族のお家騒動には巻き込まれ、年の離れた書道家との恋は終わり、友人はみなマイペース。それでも、可南子は毎日ちゃんと体を動かし、自分を信じて生きてく。そして、何かが確かに変化していく。太鼓判を押したい、いい小説です!そしてぜひ他の作品も読んで、三浦しをんの才能にビックリして下さい。

  林 あゆ美
  評価:B+
   手や脚など体の「末端」が美しいといわれる主人公の女子大生、可南子さんは、就職活動まっただ中。実はちょっとした家柄のお嬢様なのだが、それが就職活動に有利にはたらくわけではない。恋人は御歳65〜70歳の書道家、西園寺さん。西園寺さんは可南子さんの脚が大のお気に入りで、舐めたり、綺麗にペディキュアを塗ってからしゃぶったりという濃い関係が2年ほど続いている。マンガ大好きの主人公の就職目標先は出版社だが、はたしてどうなることか。
 読んでいて、ぶふぁっと吹き出して大笑いする本は、私にとってそれほど多くない。で、この本はその貴重な大笑い本の仲間入り。言葉がピンと立っていて、歯切れよく、女子大生が周りからは遅ればせの就職活動を展開するのが大筋。描写のすみずみまでが、おもしろおかしくて、笑ってはページを繰り、ページを繰っては笑って、笑い疲れるほど楽しませてもらいました。笑うだけでなく、西園寺さんの恋文ならぬ恋書にはしみじみもします。晴々した気分になりたい時にお試しください。

  手島 洋
  評価:C
   なんだか不思議な小説だった。漫画が大好きな大学四年生の可南子が出版社の就職試験を受ける、というストーリー。活動を始めるのも遅く、マイペースでチャレンジした彼女だったが、高い競争率の書類、筆記試験に合格し、最終面接までこぎつける。しかし、保守的な出版社に女性差別的な態度をとられたり、親戚から父親の跡をついで政治の道に進むよう言われたりするなど前途多難、一体どうなることか、という展開をしていくのだが、ゲイの友人、年の離れた書道家の愛人、やたら出来のいい弟など、いろいろなアクの強い人物が登場しすぎて消化できていない感じがする。学生の友人たちとの会話や、跡継ぎ問題の話なんて、かなりユルイなあ、何で無理やりいろんな話を入れるんだろうと疑問だった。出版社の面接や少女漫画の話はすごく面白いのに、いろいろ事件が起こりすぎて、後の話に全然それが響いていかない。読む前に結構、期待していたのでちょっと肩透かしされた感じだった。 

  山田 絵理
  評価:AA
   個人的なことだが、転職活動に落ちこみ、読書相談室に救いを求めたのが、本書に出会ったきっかけである。
 主人公は就職活動を迎えた女子大生、可南子。将来について何の考えも持たない学部の友人や、恋人である書道家のおじいさん、そして漫画に出てきそうな家族など、閉じられた世界で安穏と学生生活を送っていた彼女が、就職活動で現実社会に直面する。マニュアルの存在に驚き、就職試験や面接に臨んでは理不尽さに怒り、四苦八苦する。
 本書に出会った時、私が就職活動中に感じた現実社会への違和感がそのまま書かれていたので本当にびっくりした。しかも直接批判するのではなく、笑いにくるむことで痛烈な風刺に仕立て上げている。とくに就職試験や面接の描写には笑える。一番その痛烈な想いをこめたのが題だろう。
 作者は私と同年代だからいっそう共感が沸き、仲間がいるのだと心強かった。社会の常識に洗脳されること無く、おかしなことはおかしいと言い、最後には「毎日が夏休み」になってもいいじゃない、と言ってくれたのだ。当時の私をどんなに救ってくれたかわからない。宝物のような1冊である。

  吉田 崇
  評価:C
   またまた不勉強な所をさらけ出してしまい申し訳ないのだが、この著者の本を読むのは今回が初めてで、現在どのような作品を書いていらっしゃるのかも知らない。で、評価は真ん中。僕のCは随分と幅広く設定しているつもりなのだが、その丁度、ど真ん中。非常に語りにくいポジショニング。
 食べた事ないけど、ちゃんこ鍋、あるいは闇鍋。なんだかいろんな具が入っていて、多分食材としてかなり高級なものを使ってるんだろうけれど、全体にさらっとした味付けだけが舌に残る。
 解説によると文学新人賞経由ではない作家という事で、欧米的なプロフェッショナルな香りを期待したのだが、良くも悪くもそれは裏切られた。日本的情緒のスラップスティック、的をえてない気もしますが、そんな感じのする作品です。