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勝手に目利き
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ナラタージュ
ナラタージュ
【角川書店】
島本理生
定価 1,470円(税込)
2005/2
ISBN-404873590X
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  朝山 実
  評価:A
   母校の演劇部の助っ人に、いまは大学生のもと部員たちが集まる。芝居の稽古風景といい、話のはじまりは、ほのぼのとしたものだ。何かが起こる予感といえば、召集したのが、主人公が恋心を抱き続けてきた顧問の男性教師ってことぐらい。その先生も彼女のことが好きらしい。安易な物語ならすぐになるようになってしまうんだろうけど、発展するようでしない二人の仲。割って入るのが、同じと年頃の学生クン。なかなかの好男子。が、この彼、体の関係をもったとたんヘンになっていく。おいおい、って。いっぽう、思いやりたっぷりの先生も、彼女に思いやら苦悩やらを打ち明けたかと思うと、いやダメだと彼女を拒絶する。肝心のところで、煮え切らないんだ。人柄は素晴らしい。でも、精神的に稚拙。女性に依存する。そんな、めめしい男たちを読んでいてイヤんなるくらいリアルに描いている。オボコイ恋愛物語だと思い込んでいたらスボッと海に沈む感じ。びっくりするような展開が後半待ち受けていたりで、残りページが少なくなるほど力が入ってしまった。

 
  安藤 梢
  評価:A
   なんて切ない話だろう。行間から立ち上ってくるようなしっとりとした雰囲気が印象的だった。読み終えた後にふと浮かぶのは雨のイメージだ。時折覗く激しさも、静かで淡々とした文章の中に飲み込まれ、音のない映画を観ているようなかんじがした。過去の恋に捕らわれて一歩も前に進めないという苦しさは、味わったことのある人になら痛いほど伝わるだろう。報われない恋というとありふれたテーマだが、細かいところまで行き届いた表現の巧さは群を抜いている。嫉妬に駆られた男の子がだんだんと理性をなくしていくところなど、かなりリアルである。「別れたくない」とすがりつく姿には背筋が寒くなる。ただ、主人公がよく描かれすぎているのが気になる。どこか悲劇のヒロインに酔っているような、美化された展開は何となく白々しい。全てがいい思い出として昇華されてしまうのではなく、ぐちぐちとした傷が残るような現実も描いてほしい。

 
  磯部 智子
  評価:A
   22歳のこの非常に若い作家が恋愛の本質をついているなぁ、とひたすら感心する。手垢のついた言葉だが、作品には透明感があり嘘や誤魔化しを排除した視点があり、それでも尚且つ見事な恋愛小説となっている。全編、純粋に思い詰めた気持ちと大人の視点が同居する。泉は忘れられない恋を回想する、大学2年の春、高校時代から好きだった演劇部顧問の葉山先生からの1本の電話が始まりだったことを。この教師と元生徒という設定自体がありがちで、ダメ男・葉山の優柔不断さからも過去としてバッサリ切り捨てて先に進むことも出来るはずなのだ。でも泉は過去を自分の中に取り込みながら生きていく決心をする。恋愛という特殊な感情を振り返って冷静な判断で見直すということが、逆に過去を歪めてしまうことを知っているようだ。辛い恋なのにその気持ちをありのままの姿でとどめ、いつか自分の中に自然に吸収されるまで待とうとする。その人を愛した気持ちには実体があったこと、どうしようもない事実だと受け止める強さと純粋さと哀しさに満ちている。

 
  小嶋 新一
  評価:D
   女子大生と、高校時代の恩師の純愛小説。お互いひかれ合っているのに、ふんぎりをつけられないというか、未練がましいというか、引っ付いたり離れたりしている話が延々と続き、正直言って疲れてしまいました。
 描かれる恋愛は、これが思いっきりのプラトニックラブ。でも、きれいな物事の裏側には、必ずドロドロとしたものが流れてるでしょ。うらみつらみみたいなのが、ついて回るのが人生じゃないですか。美しく終わる恋そのものを否定するつもりはないですが、大昔の少女漫画のような素直さには、小説としてはどうだかなあ、と感じました。
 登場人物についても、しかり。主人公が恋する「葉山先生」の顔を思い浮かべようとしましたが、僕の目の奥には、漫画『めぞん一刻』でヒロイン響子さんの亡夫・惣一郎がそう描かれるように、顔が黒ベタで塗りつぶされた黒子みたいな人しか浮かんできません。透明感が強すぎ、生きた人間としての息吹が感じられない、と言えばいいでしょうか。丁寧に書かれた力作ではあるとは思いますが。

 
  三枝 貴代
  評価:C
   高校演劇部のOGである工藤は、大学二年の初夏、顧問の葉山から電話をもらう。部員数が少ないので手伝ってもらいたいというのだ。かつて工藤は葉山に憧れ、卒業式にキスもした関係だったが――。
 実感のある、わかる範囲内の世界で、背伸びすることなく、一所懸命に筆をすすめているといった感じのする小説です。好感が持てます。しかし、それだけに……。
 少女小説バブルの頃、最も多い投稿テーマが、先生との恋愛と、強姦された同級生だったと聞いています。両方入っているんですよ。つまり若い女の子の考える最大のスキャンダルが教師との恋愛で、最大の不幸が強姦されること。この小説の非凡なところは、先生と生徒の関係ではなく、先生と奥さんの関係の方にこそあるので、先生と生徒という設定がつまらないノイズになっていて、もったいなかったかなあと思います。
 いずれにせよ、この小説のターゲットは若い女性と思われます。740枚もありますが、活字を小さくして、可能な限り薄い紙をつかうことによって、小説を読み慣れない若い層が手にとることに抵抗ないよう、薄い本に作ってあります。台詞やシーンを詰めれば、さらに薄くできたかもしれません。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   どうしようもない、愛することを止められないひとりの少女の心の動きを、淡々と、けれども丁寧に描いている。恋愛って本当に小さなことの積み重ねで、引き返そうと思ったときには自分ではもう立て直すことができないほど相手に心が傾いていて、もうあとはどうしても倒れこんでいくしかない。
 けれどわたしはどうしても、この物語は受け入れられなかった。柚子の扱いが酷すぎる。彼女に起こった出来事とそれに伴った彼女の心の動き、彼女のとった行動があまりにもリアルなだけに、それほどの出来事をこの小説の中で起こすその真意を理解できない。彼女の事件は恋愛小説にちょっと投げ込んでみる波紋として扱うべきじゃない。そういうのは個人的にはやっぱりダメだ。
 だから、あのラストシーンの切なさ、哀しさ、美しさをわたしは心から堪能することができなかった。なんだか本当に残念だわ……。

 
  福山 亜希
  評価:B
   本の装丁や帯にある文句から、これは相当な情熱的恋愛小説だろうなと察しはついていたが、読み終えて今、やはりこれは相当に情熱的な恋愛小説だった。 作者が若い女性だということも、この情熱的恋愛小説の傾向に拍車をかけている。若い女性の視点から描かれる情景には、男性作家のものにはない独特の、お腹の底からじわじわと思い詰めるような切迫感が漂っていて、気楽な気持ちで本を開いたら最後、読み終えるまで、この恋愛の緊迫感と向き合っていかなくてはならない。読み始めた時の気楽で安直な気持ちはすぐに訂正させられる、凄い迫力をもった本なのだ。
主人公の泉は大学2年生。高校時代の演劇部顧問の葉山先生から請われ、同級生と共に母校で部活の助っ人をする。その葉山先生こそが泉の想い続ける人であり、二人の間には数々の障害がありながらも、お互い惹かれあうことを止められないまま距離を縮めていく。また、泉の周囲でも多感な若者達の揺れ動く心象が見事に描かれているから、読者は学生時代に戻ったような気持ちになって、登場人物と一緒の感覚を共有してしまうだろう。幸せに溢れる恋愛小説ではないけれど、読者の心まで純粋で透明にしてしまう作者の力量に、翻弄させらてしまうのが楽しい一冊だった。