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彼方なる歌に耳を澄ませよ
彼方なる歌に耳を澄ませよ
【新潮社】
アリステア・マクラウド
定価 2,310円(税込)
2005/2
ISBN-4105900455
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  朝山 実
  評価:A
   18世紀末の、スコットランドから遠い島へと渡ってきた一族の物語。寂れたアパートで暮らす、アルコール依存症の兄のために酒を買いに出かけるところから始まる。作者は抗夫などをしながら13年もかけて書き上げたそうだ。壮大な「思い出」の物語である。家族で苦境を支えあってきた、日々の切れ端のような光景が印象に残っていく。こんなシーンがある。幼い頃に亡くなった両親の写真を、「私」は妹と眺めている。妹は、二人だけを切り離して大きくするように写真屋に頼んだのだが、結局それは壁に飾らなかった。顔がぼやけしてしまったからだ。「みんなと写っているままでいい」そんな言葉のやりとりが、この物語そのものを表している。個々の不運や苦労を大きな流れの中でとらえようとする、作者の意志が感じられる。悲しく美しい歌詞がいくつも登場する。「私」が施設に訪れても孫だと気づかない祖母は故郷の歌を歌い、祖先の話を紡いで聞かせる。タイトルが胸にすとんと入ってくるのは読了後です。

 
  磯部 智子
  評価:AAA
   マクラウド待望の長編。以前短編集を読んで動揺してしまった事がある。強烈に惹かれているのに何故か反発してしまう。心の奥深くにしまい込んだどうしようもないところにまで彼の静かな言葉が直接語りかけてくるのだ。スコットランド系カナダ移民「赤毛のキャラムの子供たち」その6世代にわたる一族の物語。人生の深みがそのまま言葉となり心に沁み入る。「情が深すぎて、がんばりすぎる」人々と茶色い犬たち。その気質をしっかりと受け継いだ長兄がいる。今は酒浸りの生活をおくる彼を弟で語り手である「私」が訪ねるところから物語は始まる。思いやり深くて強い彼が何故そんな生活を送るようになったのか。読み進むにつれ言葉の中に閉じ込められ浄化された美しい世界に感動しても、恐らく実際にはそれらを見分けることが出来ない私自身に苛立っていた事に気付いていく。見失ったものを知らされるのだ。彼らのことを自分の中の血肉として記憶したい。彼らの毅然とした優しさの前では安心して子供のように素直に泣けた。忘れていた感覚を少し取り戻した時「誰でも、愛されるとよりよい人間になる」ことが万感の思いで突き上げてきた。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   世の中の多くの人はごくごく平凡な人生を送っているのが現実です。それと同じ事で、父母、祖父母、曾祖父母……と家系をさかのぼっていっても、語るべき歴史があるという人はごく一握りでしょう。
 そんな中で、「移民」と言えば、自然とドラマティックなイメージが沸きあがってきます。移住先での安定した生活の保証もなく、国を捨てて海を渡っていった人々には、その後の「波乱万丈」が似合いますし、それゆえその子孫にもドラマが付きまとう、というような。う〜ん、僕が勝手にイメージを膨らませているだけかもしれませんが。
 18世紀にスコットランドからカナダに移住したある男の子孫一族を巡るこの小説は、決して派手な小説ではないし、スコットランドやカナダの歴史をそれなりに知らないとすっと入っていきにくい面があるのも事実ですが、世代をまたがりながら語り重ねられていく数々のエピソードには独特の重みを感じました。それは、安っぽい波乱万丈のイメージをくつがえす、厚み、深さと言いかえてもいいです。僕の頭の中にある底の浅い「移民イメージ」を改めないといけませんね。

 
  三枝 貴代
  評価:A+
   仲間を、一族を、その地を、国境で分けない人々の物語である。主人公は、英国からカナダ、そして米国へと移住した。だが、彼は英国人でもカナダ人でも米国人でもない。彼らはハイランダー(スコットランド高地人)であり、(英語ではなく)ゲール語を喋る人々であり、キャラム・ルーアの子孫だ。つまり彼らにとって仲間とは、国境線に仕切られる範囲で区切られる関係ではなく、同じ文化を持つことであり、同じ血を引くこと(その現れとして、赤あるいは黒い髪をしていること)であり、同じ先祖の記憶を持つことである。その定義ゆえに、両親の死によって兄たちと別の文化に生きた主人公は、兄たちとどこか距離を感じる一方で、同じ血と同じ先祖の記憶によって、どこまでも分かちがたく結ばれているのだ。
 そういった、何かが異なる仲間が、異なるまま、仲間である互いの共通点ゆえに互いを求めあう姿が、色調を変えて、何度も何度も描かれる。切ない、切ない、愛情の物語である。

 
  寺岡 理帆
  評価:A
   とくべつに何が起こるわけでもない。けれども静かに静かに、厚みを増していく物語。久しぶりに「読書体力」を要する本を読んだ気がする。一族の歴史を語るような内容に『百年の孤独』を連想した。
 正直、最初はいつまでも進まない物語に読むのが苦痛だった。さらに読み進めながらも、一向にぐいぐい読者をひっぱるような展開にならずに、退屈な本かも……と思ったことも。けれど淡々と読み進み、本を閉じて呆然とした。いつのまにか物語がじわじわと自分の中に侵食し、その重厚さに圧倒されていたことに気づいて。
 この物語はけしてリーダビリティのある、スピード感のある物語ではない。途中で挫折する人もきっといるだろう。けれど読み終わったときのこの手ごたえ、この余韻。さくさくっと読めてしまう本ではけして手に入れることのできない幸福感。
 ああ、本を読むことが好きで幸せだ。

 
  福山 亜希
  評価:B
   18世紀末、カナダの東のはずれの島に、スコットランドから移り住んできた人たちがいた。それは、キャラム・ルーアというケルトの誇り高き男を中心とした一つの家族であり、彼らは固い絆でしっかりと結ばれている。その絆は彼らの子孫にまで及び、彼らの子孫は自分達の絆を外見にしっかりと表わしていて、黒い瞳と、赤もしくは黒の髪の毛を必ず持つ。お互いを見れば同じキャラム・ルーアの子孫であることが一目瞭然であり、だから彼らは「クローム・キャラム・ルーア」、つまり「キャラム・ルーア」の子孫とお互いを呼び合うのだ。 この本は、決して波乱に飛んだドラマティックな出来事に溢れた物語ではないけど、読み進めるに従って実直な文章が心の中に刻まれ、クローム・キャラム・ルーア達の力強い人生に共感していくはずだ。しっかり味わって読めば読むだけ、心の中に熟成していく本だと思う。