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チリ交列伝

チリ交列伝
【ちくま文庫】
伊藤昭久
定価 735円(税込)
2005/3
ISBN-4480420754

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  浅井 博美
  評価:B
   わたしは「チリ交」という略語さえ知らなかった。そういえばそんなおじさんがいたよな、という記憶はある。でも彼らの人生なんて考えたこともなかった。「チリ紙交換」を生業にしている人達のことなんて。
 住居も保証人も経験も学歴も何にもいらない。身体一つで誰でも始められる。多いとは言えないかもしれないがその様な職業はいくらかは存在する。しかし「チリ交」には独特の魅力があるのだ。一人だけで仕事が出来る、場所も時間もある程度は自由、そしてなにより「書物を扱っている」ということ。それらを通じて古本屋の店主とのつきあいも出来る。小難しい顔をした翁だけが古本に関わっているわけではない。「飲む・打つ・買う」が何より好きでも、腕さえ良ければ信頼や尊敬を集めることが出来る愛すべき「チリ交」のおじさんたちが深く関わっていたのだ。今ななき彼らや、著者の古本屋としての生き方を読んでいると、古本は生き物であり、ロマンなのだな、などと考えてしまう。こんなことは大型新古書店や六本木ヒルズに籠城している長者たちには分からないのだろうな…。なんだかわたしが一番小難しい翁のようになってしまった。

  北嶋 美由紀
  評価:C
   一時はうるさいほどだったチリ紙交換の声を聞かなくなって久しい。幸か不幸か、「クズヤオハライ」の時代も知っている。バネ秤や天秤棒で重さを量って小銭に替えてくれた、その進化形がチリ交だったのかと初めて気づく。不用品が日用必需品に化けるのだから、お互いに良い交換だったのだろうが、チリ交がそんなに儲かる仕事とは知らなかった。「毎度おなじみ」の流し声もそれぞれの自作であったとか……そういえば結構ユニークな文句があって楽しめたっけ。今は廃品回収業者といえば、区に出す古紙を掠め取ってゆく姿しか思い浮かばないが。
“古紙業界の裏側を鋭くえぐる”的なものでなく、個性豊かな人たちのどこかほのぼのとした思い出を綴ったもので、たぶん作者自身の社長とのアットホームな感じの話だ。いわばゴミから宝が生まれることもあるおいしい稼業も、まじめにコツコツやらねば、おいしさはないのだと説く声があちこちから聞こえてくる。勤勉第一のようだ。

  久保田 泉
  評価:A
   チリ交とは、いわゆるちり紙交換のことだ。そういえば、子供の頃はしょっちゅうあたり前に聞いていたちり紙交換の声。なつかしい……いつのまにか消えてしまった。このエッセイは、通称ちり交の最盛期70年代あたりを中心に、その仕事に関わっていた著者がチリ交という一筋縄ではとらえられない、変わった面々のことを書いた一冊だ。出だしから、どんどん引き込まれた。かつてのチリ交は、働けば働くほど儲かった。金になるところには様々な人種が集まってくる。それも、組織や時間の制約の中では働けないような人ばかり。そんなチリ交たちが交わす会話のあまりの粋さは、最初は芝居のセリフかと思ったくらい味がある。
 今時、こんな会話交わす職場は皆無だろう。また、それらのチリ交一人一人を照らす、著者の視線と文体こそ、何より粋で温かい。草創から約30年で、社会から必要とされなくなり消滅したチリ交。そこには、他にはない、深い哀愁の人間ドラマがあった。

  林 あゆ美
  評価:B
   古本店「古書いとう」店主が、1972当時に原料屋だった時に出会った人々の物語。チリ交というのはチリコーと呼称され、家庭から出る古新聞、古雑誌、古本をトイレットペーパーや化粧紙と物々交換する人のことを言う。あとがきによると、チリ交は、時間の制約のなかで行動することが不得手な人達、様々な職業からの転身者ばかりの集団だった。チリ交になった人、それぞれに皆それぞれの物語を抱えていて、著者はそういう変わった人達がいたことを書いておきたかったと記している。
 一昔前の日本にあった景気のいい仕事、その人たちの生い立ちは確かにどれも非常に濃い。ひとりふたりなら、心に残って思い出しそうだが、まとまって読んでしまうと、若干濃すぎる。自分以外の物語に耳を傾けるとするなら、一度に読まない方がいい。今日は一人の話を聞き、明日はまた別の人、少し日を置いて違う人の話をゆっくりゆっくり聞いていくと、この本との出会いがうれしくなる。

  手島 洋
  評価:B
   「チリ交」とはチリ紙交換のことだ。製紙原料商から古本屋の店主になったという経歴をもつ著者が描くチリ紙交換業界の歴史を描いた作品。といっても細かい歴史や業界事情の話ではない。チリ交の世界がなければ生きられなかったアウトローな人々の話だ。確かに子供のころはよくチリ紙交換の車を見かけたし、どんな人がやっているのか不思議だった。その疑問を裏切らない、実に個性的な人々の集まりだったと分かって面白かった。それ以上に興味深かったのは、後半の「古本屋風雲録」。学生時代から古本屋にずっとお世話になってきたものとしては、古本屋がチェーン店一色になってしまったことが本当に悲しい。出かけたついでに、ふらっと入った古本屋でとんでもない本を見つけるなんていう喜びは、すっかり減ってしまった。そんな逆境の中、なんとか店をつづけようと悪戦苦闘する著者にはエールをおくりたくなる。同じ本屋の店主の書いた本でも早川義夫の「ぼくは本屋のおやじさん」の頃と比べると、せちがらい世の中になったなあ、としみじみ思ってしまった。

  山田 絵理
  評価:C
   チリ紙交換(チリ交)を生業とする人たちの世界を知ることのできる本だ。
 いろんなあだ名のチリ交の、チリ交になったいきさつや仕事の様子、衣食住、チリ交同士のつきあいなどについて、会話やエピソードを中心に描かれている。はっきりとした時期・場所の記述はあいまいで、風俗資料としては物足りないが、方言やチリ交独特の言い回しをそのままに再現した会話から、一昔前、自分の腕一つを頼りに、自由気ままに生きてきたチリ交という人々をうかがい知ることができる。
 著者はかつて製紙原料商を営んでおり、チリ交の元締めだった。彼の元に出入りしていた風変わりなチリ交達のことを描いておきたかったのだそうだ。組織で働くことの不得手なチリ交達を、温かく見守る集荷所(問屋)の社長や所長の大らかさ、現代では珍しいそういった親分と子分のような関係を書いておきたかったのだろう。

  吉田 崇
  評価:C
   そう言えば最近、ちり紙交換の声を聞かなくなった。今となっては懐かしい風物で、子供達には想像も出来ないだろう。そう言う意味で、それぞれ癖のあるチリ交達の登場する本書は出久根達郎が解説で書く通りに「後世に残すべき風俗資料の好著である」と同時に読んでちょっと切なくなる物語である。見川鯛山の作品を何気に思い出したが、作品としての完成度はあちらの方が上、似ていると感じるのは、それぞれ懸命に生きている登場人物達が余計な物言いをせずにストーリーを進み、悲劇で終わろうがハッピーになろうが、その結末を著者の好意的な視線で語られるという点。ちょっと切なくなるのである。
 社会からドロップアウトした、あるいはしそうなキャラクター達に溢れた各章は、その欠点も多いがどこか魅力的なチリ交達をスケッチする様に書かれています。シンプルなストーリーと相まって、古い写真の様な情景を描く事の出来る作品です。