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天使の背徳

天使の背徳
【講談社文庫】
アンドリュー・テイラー
定価 1,000円(税込)
2005/1
ISBN-4062749750

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  浅井 博美
  評価:C
   ロンドン郊外に暮らす妻に先立たれた牧師と寄宿学校に通う美しい娘。夫の事業を継ぎ、出版社を経営する魅惑的な未亡人。奇人と称され血塗られた歴史を持つ今は亡き20世紀初頭の詩人。詩人の秘密を握っているらしい末裔である老婦人。その詩人の生家であり、彼が飛び降自殺を図った家としても曰く付きの豪邸に越してきた、秘密のにおいが立ちこめる二人の年若い兄妹。そして起こる2つの悲劇。
 なかなかわくわくさせられるシチュエーションだ。物語の終盤まで夢中でページをめくった。個人的には主人公の牧師デイヴィッドの独白をおもしろく読んだ。「最後に愛を交わしてから、何週間たったろうか。」という記述が繰り返し繰り返し現れる。性的衝動を必死で押さえて自問自答している様が、重々しい背景に比べると滑稽にも映る。しかし彼の性衝動描写が重苦しい中の息抜きにもなり、ある意味物語の核も握っている。しかし結末は、あっけなく、今までの伏線が素晴らしい相乗効果をあげているとは言い難い。3部作の2作目と言うこともあるのだろうが、著者に闇に向かって放り投げられた様な気分になった。

  北嶋 美由紀
  評価:C+
   本文最初のくだりでもある「ピーター卿の惨殺死体が発見される」までが結構長い。その間に述べられるのは、平穏無事な日常であり、牧師である主人公の懊悩である。事件と彼の心情が絡み合ってゆくが、むしろ事件の方が小さな存在に思えてくる。中年男の欲望と、聖職者のあるべき姿とのギャップに悩む様子は、最初のうちは人間くさく正直でよいのだが、実の娘にまで欲情し、欲求不満の捌け口を隣人の女性に求めるとなると、若い女性なら誰でもいいのかと反感がつのる。いっそ聖職に就かなければよいのに。彼の偽善者の一面が事件を引き起こしたともいえるのだが、二つの小さな事件も含めて、ここで起こるのは事件というより、悲劇だ。
「三部作の二作目だが、内容は独立している」とあるが、牧師の前任地での前妻の死をめぐる謎やら、両方の任地に関わる詩人の謎やら、解明されないことが多く、消化不良気味だ。すっきりさせるには三作とも読むしかないらしい。

  林 あゆ美
  評価:A
   牧師デイヴィッドは10年前、妻に先立たれ娘と暮らしている。そこへ3年前に夫を亡くした出版経営者ヴァネッサと出会い、再婚。久しぶりの結婚生活をうれしく思っていた矢先に、不可解なことが続けて起きる。
 ぽとりと暗い影が落ちると、ぬぐい去られることなく、次々ぽとりぽとりと暗いものが落ちてくる。読み手は、牧師デイヴィッドの未来に幸福を感じられないまま、不穏な空気をかきわけながら物語を読み進む。男性としてうずくような体の訴えは切々とし、それがまた別の影を落とし、物語に緊張感をもたらせている。じっくり心理をなぞったあとのラストが小気味よかった。いや、不幸は不幸として結果は出てしまうし、すべてがすっきり解決したラストではない。しかし、朝起きてカーテンをしゃっと開けた時のような清々しさがある。デイヴィッドの霊的指導者であるピーターの言葉がいいのだ。そうだろうかとしか言えないことでも言ってほしいものがある。それをピーターがしっかりデイヴィッドに与えるのだ。

  手島 洋
  評価:B
   妻に先立たれ、ロンドン郊外のロスで娘と暮らしている牧師のデイヴィッド。小さな出版社を営むヴァネッサと再婚したが、かつてロスに住んでいた詩人の研究に彼女がのめりこむようになると、不穏な事件が起こる。  
 こう粗筋を書くとミステリー小説のようだが、そんな事件より、人格者を演じながらも、怒りや性欲を抱えたドロドロとした内面が爆発寸前の主人公デイヴィッドに注目したい。魅力的な女性ヴァネッサをひと目見た途端、自分を抑えきれなくなってしまい、友人や娘のことなど省みず結婚。その妻に相手にしてもらえなくなると、近所に越してきた若い娘に夢中になってしまう。牧師として人格者であろうとするのも、神に対して誠実であろう、などというのではなく、単に保身に走っているだけ。普段からひたすら面倒な衝突を避ける事なかれ主義を通し、ストレスをどんどん溜めている男なのだ。牧師が主人公なのに、こんなどうしようもないキャラクターにして大丈夫なのだろうか。
 ただ、惜しいのは牧師の気持ちが正直に書かれすぎているところ。「上品ぶった俗物だからだ」なんていう心の中の悪態は直接書かないほうが、主人公の内面のねじれが反映されるはずなのに。

  山田 絵理
  評価:C
   本書に書かれたのは、愛するがゆえの狂気が引き起こした残酷で悲しい話である。妻に先立たれた牧師のデイヴィッドが、美しいヴァネッサに出会い一目惚れ、なんとか再婚を果たす。牧師の日常には多くの人が関わってくるのだが、思春期真っ只中の彼の娘や、教会の雑用を引き受ける婦人、隣の屋敷に越してきた若い兄妹に、精神を病んでいたというある詩人の存在……そして彼の教会区内に奇妙で残酷な事件が起きる。
 私は悲しいテーマよりも、再婚したばかりのデイヴィッドが隣に越してきた娘に魅かれてしまい、理性と自分の思いとの葛藤にさいなまれつつ、欲望を必死に抑えようとする姿が滑稽でならなかった。「妻のいる中年聖職者の私が若い女性と2人きりでいる」とあたかも自らを客観的に見つめるがごとくつぶやく様は、果たして自らを戒めているのか、それとも喜んでいるのか。牧師というよりも普通の中年男性が、はからずも若い女性に恋してしまい、おろおろしている姿を描くというのが、裏のテーマだったのかも。

  吉田 崇
  評価:C
   三部作の一つ、どれから読んでもいいと扉にはあるが、本当は一作目を読んどいたほうがいい様な気がする。あぁ、またリストが増えていく。
 全体に文学の薫り高いミステリー。主人公の牧師デイヴィッドがやたらと下の悩みを告白するのが、面白い。「奇妙な隣人」形のストーリー展開で、きっちりと書き込まれたサブキャラ達が右往左往し、それなりに意外なオチへと続いていく。つまんなくはない、だが、しかし、前作に登場するらしい小児連続誘拐犯エンジェルとやらが、今作の誰なのかが気になって仕方ないのだ。当然、本命は、と、いらん事を書きそうになるが、この作品、前作の設定背景とも言える時間を描写しているらしく、こんな過去を持つ人々が将来一体何をやらかしたのかと、変な時制の文になる。
 次作はこのもっと昔の話にさかのぼるのらしい。読まずにいられない。