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勝手に目利き
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カギ
カギ
【集英社】
清水博子
定価 1,785円(税込)
2005/4
ISBN-4087746976
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  朝山 実
  評価:B
   インターネットで日記を公開している妹と、毎日それをチェックしては非公開の日記を書いている姉。二人の日記だけで作られた物語。妹は、幼い娘を親に預けっぱなし。働いているわけでもない。姉が好きだった男と関係をもち、妊娠。堕胎するはずが、姉の見合いの相手がその子をもらおうよと言ったので産むのだけど、ダンナはぽっくり逝ってしまい、子供は宙ぶらりんとなり……。そんな身内の事情がしだいにわかってくる。
先日、他人の私生活を覗いては自己確認する若者の映画を見た。リアルにこだわったつくりで、なぜ他人の生活に感心をもつのか、もたずにおられないのか。そこをこの小説も探っている。妹はブランド中毒で、育児を放棄しながら、娘はお嬢様私学でないと夫と言い争い、匿名投稿でバカ女と罵られる。一方姉はというと、夫の遺産で悠々自適の引きこもり。そんな姉妹の関係が面白い。ただし時間が経てば、読んだことぜんぶ忘れそう。それも狙いなのかも。そうそう、ドキドキの場面がある。最後のファミレスでの騒動。突然のテンションアップ。ナマな迫力があった。

 
  安藤 梢
  評価:C
   今は、インターネットに個人の日記が堂々と公開されてしまう時代なのだ。何て恐ろしい。ごくごく個人的な情報が氾濫している世界。ネットで描かれる虚像の世界と現実の世界との溝を、姉妹の日記を通して描かれている。ネットに公開される妹の日記を姉が自分の日記(こちらは公開されていない)の中で批判するという一風変わった設定。異様にかしこまった妹の文体と、ぶっきらぼうな姉の文体を代わる代わるよんでいると何だか頭が混乱してくる。建前と本音、ではないけれども、二人の日記を合わせることでお互いの言っていることのどちらが正しいのか、書かれていない言葉の裏側が見えてくる。そして結局のところどちらにも真実はないようである。
 何日にも跨って一つの事柄を書くというのは、日記というものの性質に合っていないように思う。昨日の続き、という形で過去の回想を書く不自然さにどうしても違和感を感じてしまった。

 
  磯部 智子
  評価:A
   先ず、作家の写真にぎょっとさせられる。長い足、毛皮のコート、赤いミニスカート…その関西人テイストの装いに不釣合いな表情。姉と妹が並行して其々の生活を綴るスノッブな匂いのコマダム日記、そう思わせながら裏切りを繰り返しカバー写真の「仮装」の意味を読み手に問う。妹の日記がWeb日記として公開されていることを知った姉の日記は徐々にその感想に埋め尽くされ神経戦の様相を見せ始めるが…。東京在住のコマダムは北海道出身で十代の7年間を兵庫で過ごした為、時折スパイスとしての関西弁を話し他人を煙にまくが、実は未だに神戸との「接し方を知らない」。一体彼女たちの立ち位置はどこにあるのか?何者だと認知されたがっているのか?「転勤族の娘だからへんなところが故郷でなくてよかった」とうそぶく姿に実体はあるのか。ついに妹も姉の日記を覗き見るに至るが、見られるための日記は書き続けられる。人の日記を覗き見する読み手の後ろめたさと好奇心を幾重にも逆手に取り、誰も彼もが自分探しと自己実現に夢中な現代に冷笑を浴びせかけながら、挙句の果てには自分自身と対峙するはめになる恐ろしいパロディ作品。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   そもそも私的なメモであり記録であったはずの日記だが、インターネットの普及によって、気軽に広く他人に読んでもらえるものとなった。この『カギ』の背景には、そんな日記のあり方の移り変わりがある。
 妹がウェブ上で公開している日記、それを読みつつ自分だけの日記をつける姉。姉妹の日記が、日を追って順に交互に並べられていく。妹の日記は、ハイソですました顔をして綴られる。子供の幼稚園はどこを選ぶか、どこのホテルでランチするか、どこのマンションに申し込むか…。
 一方、その妹を露骨にさげすむ姉の日記。こっち側に登場する妹は、関西弁丸出し。どっちが本当の妹なの?人間誰しも、他人に見せるための顔と自分の本性と、二面性を持つはずだが、それが極端にデフォルメされた姿が、ここにある。
 ややこしいのは、他人が見ないことを前提に書かれている姉の日記を、妹が盗み読んでおり、そのことを姉が知っているという複雑な関係。人の心の底にひそむ悪意、すました顔の裏側にあるドロドロした心が、複雑に絡まりあう。いやあ、女ってこわい(えっ、男はどうだ、って?)。

 
  三枝 貴代
  評価:A
   35才の姉とその3才年下の妹の日記のみで構成された小説です。妹の日記はインターネット上に公開され、姉の日記はディスクの中に密かに書き溜められているという設定。妊娠したのを期に結婚した妹は、夫の収入に不釣り合いな贅沢な暮しを夢見ています。生まれた子供は姉の夫が引き取るはずだったのですが、彼が亡くなって1年、姉は遺産で優雅に一人暮らしをし、子供は姉妹の両親が育てています。姉妹のいずれも子供を引き取るつもりはないし、世話をする能力もありません。妹は姉の暮らしをうらやみ、姉がお金のために義兄を殺したのだと信じ込み、やがて――。
 非常にパロディ的な要素の高い、コラージュ型の、前衛芸術的な作品です。本気か? と疑うような著者近影写真まで含めて、徹底的に作り込まれ、計算され尽くした、ぞっとするお話。宙に浮いたような終わり方といい、読者の好みに大きく左右されるでしょうが、好きな人は大変好きではないかと思える、皮肉で批評的な、ひねった小説です。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   読み始めて、ああなるほど、あのカギか、と思った。言わずとしれた大谷崎の『鍵』。内容も登場人物も全く似ていないけれど、日記形式で書かれた、隠微なあの雰囲気。でもこちらは姉妹の日記と言うことで、隠微というよりは陰険か…? 作品の中でも谷崎に触れた箇所が出てきて、やっぱりタイトルはそこから取ったのね、と納得。
 見栄っ張りで世間知らずで無責任で卑屈な妹と、夫の遺産で金銭には不自由しないけれど引きこもって世間と関わろうとしない姉の日記。この二人の確執がリアルで怖い。しかし妹の感覚はわたしの理解の限度を超えてるよ…。特にものすごい重大事件が起こるわけでもなく、姉妹の思考がだらだらと続いているだけなのについ引き込まれてしまう。怖いモノ見たさのようなもので、これはまさに人のweb日記を読んでいる感覚だ。
 それにしても、最後まで読んでみてびっくり。こんな終わり方ってあるのね!

 
  福山 亜希
  評価:B
   姉妹二人の日記が交互に展開していく、今までに読んだことのないタイプの本だった。特に何か事件が起るわけでもなく、かといって自分の内に迫る激しい告白がそこにあるわけでもなく、最初から最後まで一貫しているのは、この姉妹の仲の悪さだけだった。日記がただただずっと続いていくので、彼らの仲の悪さの原因とか、二人のどちらの言い分が正しいのかは良く分からない。お互いの足を引っ張り合うこの二人は、どうしてこんなに相手のことが気になるのだろうか。姉妹なのに。 
 全ての災いの元凶となっている日記を読み進めざるを得ない読者は、こんな不毛の争いは早くやめてしまえばいいのにと、きっと思うはずだ。だけどそれでもしつこく不毛の日記は続く。その内に私は、こういう不毛の争いや、お互いにとって一分の利益にもならないようなつまらない干渉こそが、私たちが日々繰広げている日常というものではなかったかと、そう思い始めてしまった。せめて自分はこの姉妹よりは上等でありたいと願うけれど、はっきりと自信はもてない。そんな思いに気持ちがぐらつき始めた頃、それでもしつこく不毛の日記のみで物語を展開していくこの本の作者に、随分な意地悪をされたような気分になってくるのだ。