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勝手に目利き
単行本班
文庫本班

さくら
さくら
【小学館】
西加奈子
定価 1,470円(税込)
2005/3
ISBN-4093861471
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  朝山 実
  評価:AA
   もらってきた子犬が、老犬になるまでの一家の物語だ。「さくら」と名づけられる犬は、兄弟たちから跳ね除けられご飯も満足にとれない、見るからにひ弱。だからこの犬でなきゃと選ぶのが次男坊の主人公で、いややとむずかる妹。その妹が誕生したときに名前を決めるのに家族会議を開いたり。そうそう、そういうのが民主主義だと学校で奨励された時代があったわと思い出す。ちょっとしたシーン、逸話が8ミリビデオのようにしてひもとかれていく。思春期の芽生えがあり、賑やかな声が聴こえきて、これは楽しい。しかし、平穏にばかりは過ぎていかない。さくらの老いとともにめげる話も出てくる。だけど、そんなことを帳消しにするくらい、一家は明るい話題に包まれていた。だから余計ふいの災厄は理不尽だし、せつない。でも、すくいはエンディングだろう。失踪していた父の帰宅。居心地悪そうにしていた父がさくらを助けようと、しゃかりきに奔走する。家族がみえる。自分のことで精一杯の子供だった主人公が、父や母や妹や兄たちのあのときの心の中がわかってくるまでの冒険小説でもある。

 
  安藤 梢
  評価:B
   明るい母に優しい父、頼れる兄と美しい(が、乱暴な)妹、そして家族の真ん中には白い犬……。と書くと、まるでホームドラマのようだが、それぞれが強烈な個性(と関西弁)を放ち、家族の間で起こる様々な出来事がごちゃごちゃと詰め込まれている。子供ならではの残酷な遊び(近所にいる変な男の人にどこまで近付けるかという度胸試し)や、成長にしたがって芽生える悩み(恋とはなんぞや)などが、実にリアルに描かれている。
 前半のテンポのよい文章とユーモアたっぷりの明るさに比べて、後半は一転重苦しい。その変わりようが、楽しい時間だけではなく辛い時間も共有しなければならない家族というものの底を見たようで胸が痛い。しかし、最後には生きている人間の強さに救われる。どんなことでも乗り越えていくという強さにではなく、乗り越えられない壁もあるということを受け入れる強さにである。

 
  磯部 智子
  評価:C
   帯の「どこまでも、まっすぐに届く、家族小説」にケッ!と思いながら読みはじめて直ぐに惹きこまれる。5人と1匹家族のどーでもいいような日常のひとつひとつが面白くずーとにやにやしながら読む。これが後でじんわりと効いてくる。どのくらい読んだ頃だろうか、話の中に死の匂いがしてくるのは。いや話の始まり自体が2年ぶりの「父帰る」で、子供時代を回想していくのだから最初から何かあるということは知っていたはずなのだ。突然の兄の事故と自殺が一気に家族をバラバラにしてしまった。失って初めて平凡な日常がどれほどの幸福感に満ちていたかを思い知らされる。「さくら」は白に黒ぶちの雑種、生後2ヶ月の時から家に居るが、12歳の今は痩せて耳も遠く白内障のおばあちゃん犬。彼女の存在が再び家族を家族に戻すキッカケとなり、又後半の物語のクサさをも救っている。

 
  小嶋 新一
  評価:A
   家族小説の王道の、そのまたど真ん中を堂々と行く、実に感動的な一冊。格好よくて誰からも愛されるお兄ちゃん、一風変わった妹ミキ、仕事熱心なお父さん、きれいで元気なお母さんと、主人公である「僕」。それから、ぶさいくな犬が一匹、名前はサクラ。誰が見ても何ひとつケチつけるところがない、幸せ満点の家族。しかし、3人の子供たちが成長していく過程で、波乱が訪れる。
 これは、僕とお兄ちゃんと妹ミキと、お父さんとお母さんと、それから犬のサクラという家族の冒険なのだ。人生という世界を旅していく冒険譚なのだ。それを通して、家族のあり様、あるべき姿がくっきりと描き出される。
 生きていく中では、苦しいこともつらいこともある。でも「生きている」ということそのものが一番大事だということ。つらい時に人を支えるのが、そして誰もが最後に帰りつくべきところが家族である、というメッセージ。こんなにストレートに人生賛歌、家族賛歌をうたいあげる小説を僕は知らない。あざとくないのだ。真っ正直なのだ。迷うことなく、すべての人におすすめします。

 
  三枝 貴代
  評価:D
   一人の人間が死ぬことによって崩壊した家族が、一匹の犬の危機によって再生する物語。
 こういった、稚拙な、子供っぽい文章で書くことが、最近はやっているのでしょうか。最初はその文章に微笑ましさも感じましたが、だんだんと、いくらなんでも幼すぎるのではないかと不安になりました。子供の作文を読まされてもねえ。作者も、もうかわいいって年じゃないでしょうし。「豹が一頭寝そべっていても家族の靴を置くことができた」なんて書かれてもですね、そんな実感のないたとえを本気で書いているのかどうかと訊ねたいのですよ。小一時間。じっくりと。
 ぶりっこ。しかし、この作家さん、本当に芯から幼いのかもしれません。美しくなくなった男女は性交しなくなるとか、顔が醜くなって傷つくのは美しい人に顕著な事件だとか、本気で信じているようすです。その場合、貴重な個性だし、好きな方もいらっしゃると思いますが、わたしはつきあいたくありません。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   とってもよいお話だ。そして「よいお話」と言って切り捨てるにはもったいない魅力があることも確か。語り手の薫の淡々とした語り口もいいし、家族それぞれの生き方がいい。サクラもいい。一の恋愛もいいし、薫とクラスメートの女の子との淡い恋と再会の顛末もいいし、フェラーリのエピソードもいいし、妹と同級生との話もまた、いい。
 小さいけれどキラキラしたエピソードを地味にきちんと丁寧に積み上げていくから、話が浮つかなくて、それが衝撃の展開を一層重いものにする。
 でも、個人的には、うーん。あまりネタばれはしたくないけれど、一の選択はやっぱり残念だし、そこを乗り越える家族の壮絶さが妙にほのぼのとしていて、それが多分この作品の「いいところ」なんだけれど、やっぱりなんとなく違和感が拭えない。なぜこの壮絶さがこんなにもきれいにほのぼのと描きあげられてしまうのか。
 素直に絶賛できないのは、たぶん個人的な問題なのだろう。

 
  福山 亜希
  評価:AA+
   「描写のやわらかさ」が一番印象的な一冊だった。
主人公の薫は、長谷川家の次男。長男の一と妹のミキは、絵にかいたような美男美女で、その二人に挟まれた薫は残念ながらごく普通の容姿だ。ありえないくらいに美しい兄と妹のはつらつとした姿に支えられて、物語は勢いよく進む。一は好ましく映るし、ミキのやんちゃぶりは、彼女が美しいだけに余計に彼女を魅力的にさせる。明るさと楽しさに溢れて、私は読み進めるのが楽しくて仕方なかった。 それが、兄一の交通事故で様子が一変してしまい、長谷川家は暗い雰囲気に包まれてしまうのだけれども、それでも作者の描写はやわらかい。
長谷川家に起る災難と、それを克服する彼らの明るさ、全てが作者の描写と同じでやわらかく、暖かいのだ。描写一つでこれだけ物事を明るく照らすことができるのを、今回私は初めて知った。
どんな災難にも家族で対処し、その中心にいる老犬サクラの存在は、この本の描写と共にやわらかくあたたかい。人を幸せな気持ちにさせる一冊だった。