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泣かない女はいない
泣かない女はいない
【河出書房新社】
長嶋有
定価 1,470円(税込)
2005/3
ISBN-4309017053
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  朝山 実
  評価:A
   勤めはじめは、同じ年の女子社員もおらず、昼休みをどうして過ごそうか。居場所のない思いをしていた主人公が仕事に慣れ、一人一人、同僚の性格も掴んでいき、職場に馴染んでいくまでを描いている。こんなふうに書くと、さっぱり面白みのない話に思えるかもしれないが、最初は正直、何が起こるわけではない単調さに眠気がおそってきた。しかし、あるところを境に俄然面白くなってくるのだ。いやだな、やめたいとか思っていたのが、ずーっとここに居たい。そんなふうに逆転するのは、ささいなことからだ。たまたま同じ職場にいるだけだったのが、なんで社長はカラオケにいくと「大阪で生まれた女」の二番も、女が大阪を「よう捨てん」と歌うのか。リストラで解雇されたパートの佃さんや、若きころの藤竜也をおもわす桶川さんが電話が苦手な理由が気になったり。ひとの興味をもち、一歩踏み込んで、人と関わり合おうとするにいたるまでの主人公の変化が、わずかだけど心に躍動をもたらしてくれる。タイトルの所以が明かされるところがまた、ぐっとくる。

 
  安藤 梢
  評価:A
   何が起こっているという訳でもないのに、日々淡々と営まれる暮らしに、何とも言えずせつない気持ちにさせられる。ありふれた毎日を注意深く、丁寧に描いている。主人公の一歩退いたような視点が、他人との間にある埋められない隙間をくっきりと浮かび上がらせている。会社での、決して深くはない人間関係の、だからこその居心地の良さのようなものが表現されている。諦めにも似たさばさばとした雰囲気の中に、時折見える人の優しさが温かい。あからさまな優しさではなく、ごく控えめの不器用な優しさである。
 表題作、最後の1ページが素晴らしい。思わずはっとしてしまうような美しさに胸打たれる。「泣かない女はいない」というタイトルも、「私、泣いたことないんだ」というセリフも、全てが最後の場面へと収束される。人を好きになることの、表面上のかけ引きではない、もとの部分の純粋さに触れたような気がする。

 
  磯部 智子
  評価:C
   なんかぬぼーとした話で分かったような分からないような…。だからどうした?という感じが残る。睦美は電機メーカーの下請け会社に採用される。男性社員は年配の出向者が多く女性社員もパートを含め8人というこじんまりした会社。毎朝のシャトルに乗っての通勤風景、知らない人間同士が一団となって同じ方向に歩く。日に2回の「おやつ休憩」がある職場の様子なども描き出され、会社近くで蛇が出たり「倉庫係の班長」樋川さんに淡い恋心を抱いたりしながら、誰かと近づきすぎたりしない微妙な位置で新しい生活が身についてくる。そんな中、会社の吸収合併やリストラ、睦美と同棲相手との別れなど事件らしい事も起こるのだが、それでも日々は淡々と過ぎ、樋川さんに思いを告げぬまま…。タイトル以外、特に反発を感じる話ではないのだが、おそらく作家の持つ言葉が微妙に私の感覚とずれており睦美の内面の風景をどうしても共有できないまま終わってしまった。

 
  小嶋 新一
  評価:B
   孤独感とほのかな愛情を、淡々とした筆致で描く中篇が2編。表題作『泣かない女はいない』は、倒産しかけの貧乏物流会社で働き始めたOLが主人公。年下の先輩OLたちとはなじみきれず、昼休みに一人屋上にのぼって街を見下ろす。リストラで会社を離れていくパートのおばさんや社員に心動かされ、愛情を感じ、そこに人生を見、共感を覚え、愛を感じる。
 もう一編『センスなし』では、夫と別離状態にある女が、雪の日に街の写真を撮りに出掛けていく一日が描かれる。雪におおわれた白い街の情景と、夫との関係、高校時代の友人とのやりとりが積み重ねられるように語られ、心の来し方を振り返り、行く末をぼんやり見つめる。
 何よりも、登場人物の孤独さ加減の描き方が絶妙である。こころがぎゅっと締め付けられるような切なさを感じる。登場人物たちを、つよく抱きしめたくなってしまった。

 
  三枝 貴代
  評価:B-
   中編と短編各1からなる作品集。
 表題作(中編)は、三十才前後と思われる女性が、配送会社のOLとなってから、仕事を辞めようと決意するまでのお話。東京に近すぎるために過剰に田舎的な雰囲気のする舞台として大宮を選ぶあたりは素晴らしく適切です。しかし主人公が惚れる男は上からの声として登場し、最初に印象に残る行動が蛇からみと、フロイト先生に相談するまでもないわかりやすさ。彼女が、カラオケで中森明菜を歌ったあと、泣いたことがないことに気づいたりする親切設計も、ちょっとやりすぎでしょう。色々事件があっても、方向性とスピードは一定で、格好良い男はどこまでも格好良く、尊大な男はいつまでも尊大です。この平板さならば、中編ではなく短編の方が良かったのではないでしょうか。ただ、下手な書き手ならばあと1行最後に書いてしまったところを、よく書かずに我慢したなと思います。
 にしてもこの作者さん、趣味が悪いなあと思ったところで、次の作品のタイトルが「センスなし」。ははは。充分わかったうえでなさっているのですね。参りました。お見事。でも、センスが悪いことを世代のせいにしちゃ、ダメっ。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   とくにどうということもない、恋愛とも言えないような恋愛小説なのに、最後まであっという間に読んでしまった。先が気になって仕方がない、のとは違う。思いっきり感情移入して物語に引き込まれたのか、というとそれとも違う気がする。気がつくとそっと物語が寄り添っていた感じ。
 幸せな恋愛ではないけれど、不幸な恋愛というわけでもない。思わず横で、うんうん、と頷いてあげたくなってしまう。
 聖飢魔Uだのルパン三世だのブルーハーツだのといった固有名詞も、同世代としてはツボ。こういうのに反応するのは反則かもしれないけれど、やっぱりぎゃ〜〜と身を捩りたくなってしまった(笑)。
 それにしても、後ろの著者紹介のところの収録作の初出一覧をみて、3つ目に載っている「二人のデート」。探しまくったけれど、まさかカバーの裏だとは…!!

 
  福山 亜希
  評価:C
   ちょっと平たんに続く物語に、なかなか読み進めるスピードが上がっていかなかったが、それだけにとてもリアリティのあるストーリーだと感じた。
物流会社で働き始めた主人公睦美は、特に目立つタイプの女性ではない。普通に恋人がいて、普通に仕事をしている。仕事態度はまじめだけれども、仕事に打ち込むわけではなく、同僚の女子社員ともつかず離れずの距離を保っている。どこかの会社に必ずひとりはいそうな感じだ。その他の登場人物も、特に強烈な個性があるわけではないのだ。そのうちに会社内に好きな人が出来るのだが、それもリアリティの強い作風の中に消されてしまう。あるのかないのか分からないようなぼやけた形の彼女の恋愛。その全てが、私たちの周りによくある世界なのだろう。
ゆっくり腰をおちつかせて読みたい一冊だ。