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ラッシュライフ

ラッシュライフ
【新潮文庫】
伊坂幸太郎
定価 660円(税込)
2005/5
ISBN-4101250227


  浅井 博美
  評価:A
  最近とみに増えている投げっぱなし、広げっぱなし類に含まれる小説では、と危惧していたのもつかの間、これがしっかりした骨組みをしていらっしゃる。自らの仕事に誇りを持つプロの空き巣、不倫中の精神科医、妻子に逃げられたリストラ中年、売り出し中の美人画家、新興宗教の教祖に傾倒する青年、汚い老犬…。様々な人々の様々な人生が交差し交わり、また離れていく様が職人技だ。良い人も悪い人もでてこないとも言えるが、それよりも善と悪のバランスが絶妙なのだろう。これ以上うまく筋が運ぶと甘い小説に成り下がるし、これよりも意地悪にすると、後味が悪くなるだけだ。このあたりのさじ加減が実にいい塩梅なのだ。人生ってこんなバランスなのかもしれないと妙に納得させられる。
賛否両論あるかもしれないが、私はラストシーンが好きだ。リストラ中年がある重要な決断をするこの場面があることで、作品全体から緊迫感や鋭さが若干失われた気もするが、やはりこれで良かったのだと感じる。この場面が加わることで、物語全体に奇妙な説得力が生まれている。


  北嶋 美由紀
  評価:AA
  伊坂ファンの一人ではあるが、ファンでなくともこの小説は文句なしにおもしろい!はずである。何の関連もなさそうな五つのエピソード(泥棒、失業、神、不倫、画商)+バラバラ死体と歩く死体が、次第につながってゆく。この作品のおもしろさの一つは無駄のないことだ。会話の端に出てくる名前が、わずかな描写が、やがて一つの輪を作ってゆく。放射状に散らばったものが中心点に向かって集結してくる過程を十分お楽しみあれ! さらなるお楽しみは、他の作品との関わりを見つけて喜べることである。たとえば、泥棒の残す説明文と「陽気なギャングーー」の説教との類似点とか。本文中でも語られるエッシャーの挿絵のせいか、騙し絵にたとえられる作品だが、騙しではない。意外性と言って欲しい。伊坂作品の良さは(本書でいえば、失業男の人生観とか、知的な泥棒の美学とこだわりとか)人間そのものへの讃歌と愛だと思う。すべての作品に笑いが含まれるが、そこに軽薄さはなく、涙を浮かべつつも思わず微笑んでしまう類のものだ。伊坂作品にハズレなし、と私は思っている。

  久保田 泉
  評価:B
  デビューして4年半で、圧倒的な存在感を持つ、伊坂作品の2作目が本書だ。小説の中で、5つの人生が進行していく。冷徹な拝金主義者の画商、独自の美学を貫く空き巣泥棒、新興宗教の教祖に傾倒する画家志望の男、互いの配偶者を殺す計画をたてる精神科医とサッカー選手の不倫カップル、40社連続不採用の失業中の男。時代を色濃く切り取ったようなキャラクターがすでに計算し尽くされている。それぞれの物語が意外な所で、実際にリンクしていたり、展開は迷走しているようで緻密なストーリーが用意され、先へ先へと読者を導いていく。
 伊坂作品は一見やや理屈っぽく、特にこの小説は殺人や拳銃など物騒な話が多く、好嫌が別れると思う。だが、彼の小説には、いつも軽快なビートが流れていて、炎のような信念がクールに周到にばらまかれている。明らかにこの先、本物の作家として進化していく伊坂作品の魅力を、読んで体感して損はないと思う。

  林 あゆ美
  評価:C
  ラッシュ――カタカナで書くと一律に聞こえるこの音に英語をあててみる。lash, lush, rash, rush と4種類もの英文字に置き換わり、4つの異なる意味を持つ言葉に響いてくる。物語は、かすかな接点をもつ4人について語られ、だまし絵を見ているような感覚を終始味わいながら、ゴール。
 だまし絵の醍醐味は、あり得なさそうな世界にリアリティがあること。もしかしたらそういうコトも起きるかもとすんなり納得できること。泥棒を生業にしている男がいる、自分だけはそうならないと思っていたのに失業してしまった男。新興宗教の教祖に心酔する男。愛人と結婚するために互いの配偶者を殺す計画をたてる女。どこでどう交わるのかを読むのが本書の牽引力だ。しかし、巧みな物語は、時に物語のための物語になってしまう。登場する魅力的な彼らへの愛が少なく感じたのは、この巧みさからだろうか。

  手島 洋
  評価:A
  4つのバラバラな物語を同時進行する形で進めるストーリー。バラバラの話をひとつにまとめる方法の巧みさに感心した。まったく別のものに見えていた話が微妙にリンクしていくのがスリリングだし、細かいところまで実によくできている。
 4つの話の中で一番面白かったのは、神がかった力を持つ男を教祖とする新興宗教の話。といっても、教祖は死体としてしか登場せず、彼の腹心と教祖にあこがれる新入りが中心なのが面白い。迷宮入りしかけた殺人事件の謎を解き、宝くじの一等を当てられるような男は本当に存在するのか、そんな男が実在するのが世界にとって幸せなのか、という疑問をつきつけられる。これってブラッドベリの名作the man(「あの男」)じゃないか、と興奮してしまった。賛同してくれる人は少ないだろうが。
 しかし、読み終わったあと、あまりにもきれいにまとめすぎだという不満も覚えた。破綻がなさすぎて、理路整然と説明しすぎている。もう少し勝手な想像を読者にさせる余地を残してほしい。最後にそれなりにいい話な感じになっているのも、ちょっとひいてしまった。失業した男の話なんて、重松清じゃないんだから。

  山田 絵理
  評価:B
  「明るい希望が持てず、先が見えない重苦しさが覆う」、本作品を読んでいてそう感じた。5つの物語が仙台を舞台に、それぞれ勝手に展開してゆく。最初の頃はいったいどうつながってゆくのか見当もつかなかった。
 挫折とは無縁で金が全ての画商と新進の女性画家、空き巣を生業とする男、父親が自殺した青年は神様を探している。失業しゆくあてもない中年男性。不倫相手と結婚するために、自らの夫と相手の妻を殺そうとたくらむ女性精神科医。さらに、街頭に立ちスケッチブックに好きな日本語を書いてもらっている白人女性に、バラバラの死体。穏やかではない話だ。就寝前に本書を開いたものの、すぐに閉じてしまったこともあった。
 だが後半になると一転して、てんでんばらばらの物語がつながりはじめ、最後には鮮やかな一枚の絵になる。まるでパズル。計算しつくされた、緻密な文章構成には舌をまいた。巧妙に登場人物たちを動かし、最後にかすかな希望の光を照らす作家伊坂幸太郎が、まるで神様のような気がしてくる。

  吉田 崇
  評価:B
  はい、今月の一番はこの作品です。
 小説を書く技術、小説に対する思い、著者の持つものは間違いなく一級品だと感じます。解説にある著者の言葉、『小説でしか味わえない物語、文章でしか表現できない映像よりも映像らしい世界を創っていきたい』が、結実しています。惜しくも評価Aに届かないその理由は、長所でもある判りやすさ。スタイリッシュな部分が、良くも悪くも作品に充溢していて、その洗練が難解さを排除している。何だか良く判んねぇと言うのも、実は小説には必要な要素だという気もして、この感覚は池上冬樹が解説に言う『エレガントな前衛ともよぶべき作品の方向に進んでいってほしい』に通ずるのではないかと考える。
 他には『オーデュボンの祈り』しか読んでいないので、今現在の著者の立つ地平を、僕は知らない。ただ、はっきりと言えるのは伊坂幸太郎からは、しばらくの間目を離せないという事だ。