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旅の終わりの音楽(上下)

旅の終わりの音楽(上下)
【新潮文庫】
エリック・F・ハンセン
定価 各700円(税込)
2005/5
ISBN-4102155317
ISBN-4102155325

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  北嶋 美由紀
  評価:B
  へそ曲がりの私はあの「タイタニック」を観ていない。映画の中に最後まで演奏を続ける楽士達の姿もあったのだろうか。
 観ていないことが幸いしたのか、映像イメージに左右されず、素直にこの物語を受け入れられた。ここに登場する楽士達は実話ではないそうだ。物語としては、「ありふれた波乱」の人生だが、彼らがいつ、どこで、どんな運命をたどるのかが、あらかじめわかっているからこそ回想シーンは深みをおびる。彼らの人生は決して幸せに満ちたものでなく、共通するのは「絶望」で、転げ落ちて、たどり着いた先がタイタニック号だったというわけだ。
 実話のほうが読みたかった気もするが、史実を交え、時代背景も覗くことができ、全体としては、ゆったりと進む船に合わせるようなやわらかな感じだ。それぞれの物語に目を奪われ、パニックの場面はさほど緊張感をうけないのは、周知の事実だからだろうか。
 豪華客船というイメージだった船に移民も多く乗船していたことや、思ったより大規模な設備があったことなど、ちょっと目からウロコだった。

  久保田 泉
  評価:C
   ノルウェーの作家エリック・フォスネス・ハンセンが、1990年の25歳の時に、構想5年の末、完成させ、大反響を呼んだという小説。悲劇の豪華客船タイタニック号が舞台だが、上下巻のうち、氷山とぶつかる場面は最後の一章にあるだけだ。物語のほとんどは、偶然に船に乗り合わせた、7人の楽士たちのそれぞれの過去が綴られていく。実際のタイタニック号にも楽士たちは実在したが、ここに登場する楽士たちは、著者の創った人物。みな華やかな経歴とは無縁で、確かな人生というものから、様々な理由で降りかけてしまっている人間ばかり。
 それが宿命なのか分からないが、吸い寄せられるようにタイタニック号に乗ったことだけは、挫折した人生の確かな運命だったのかもしれない。タイタニック号の悲劇から交差した7人の人生が、崇高なリズムで奏でられ、最後に運命を受け入れ死にたどり着く。話の流れは美しいのだが、延々と続く過去の描写に、途中でなかだるんでしまい読みにくくて困った。

  林 あゆ美
  評価:C
  悲劇のタイタニック号の話はご存知の方も多いだろう。この物語は設定こそ、タイタニック号の沈没というノンフィクションだが、物語を動かす楽士たちは、作者によるフィクション。1912年4月10日から15日までの5日間、その旅に出るまでの楽士たちの物語が奏でられる。沈没するドラマチックさより、人間ひとりひとりのストーリーが描かれる。
 私たちは自分たちの物語をもっている。もっていることに気づかない人もいるかもしれないが、誰しもがもっている。楽士たちはどうだったか。ヨーロッパ各国からきた彼らもまた、それぞれに独特の物語を抱えている。中でも、私はバンド・リーダーのジェイソンが印象に残った。医学部に在籍した時に受講した、遺伝と生殖の講義にはネズミが出てきた。数年後、医学から離れどん底の生活を送っていたジェイソンは、はたしてネズミがきっかけで引きこもっていた生活から外に出て楽士になっていく。生き続ける時のきっかけは、案外そういう所にあるのかもしれない。しかし、それも何もかも沈んでいくのだけれども……。

  手島 洋
  評価:B
  映画「タイタニック」に登場した、沈む船の中で演奏し続けた楽団のエピソード。ふたりの恋愛より、彼らの姿に感動したという人は意外に多い。この本は、そのメンバーたちが、それぞれどんな人生をたどり、タイタニック号まで行き着いたかを描いたもの。それぞれのエピソードはまったくの創作なのだが、実によくできている。「タイタニック」よりヨーロッパの泣かせる系映画の方が好き、という人にお勧めします。
 どのエピソードもよくできているが、一番印象に残ったのは、医者を目指して大学で医学を学びながらも、父の死、自分の子を身ごもった若い娘の死をきっかけに人生に絶望していく男の話だ。父の期待にこたえるべく医者になろうと勉強しながらも、むなしさを覚える少年。その気持ちをなんとか抑えていたものの、次々と起こる出来事に、すべてを捨てようとする。その細かい話の積み重ね方が実に巧みなのだ。
 しかし、難を言うと、どの登場人物のエピソードもトーンが似すぎている。設定が変わっているだけで、話の展開に意外性がない。そして、過去の話が強すぎて、船の話はもうどうでもよくなってしまった。映画に思い入れのある人はがっかりするかもしれません。

  山田 絵理
  評価:C
  悲劇のタイタニック号で、沈没間際まで演奏を続けていたという楽士たちの物語である。といってもストーリーの中心は、彼らがどのような人生を経て船上のバンドマンになり、タイタニックに乗り合わせることになったか、だ。
 彼らの人生はみな波乱万丈だ。幼い頃は将来が輝きに満ちていたのに、両親の死や英才教育による過度のプレッシャー、失恋、裏切りなどによって、人生の転機が始まる。まるで坂を転がるかのように。
 とくに年の一番若い18歳のダヴィッドの恋物語が心に残る。黒井千次著『春の道標』を思い出した。少年少女のみずみずしい恋は、彼女が年上の男性に心を移したことで終わりを告げる。ダヴィッドは失望し、家族を捨ててバイオリンを持って外国に渡った。若さゆえに世界は自分の思いのままだと信じていた少年が、失恋によって叶えられないものがあることを知り、一歩大人になってゆく。失恋したことで外国へ逃げ出す彼はかっこよすぎるし、しかもタイタニック号で最後を迎えるなんてドラマチックすぎないだろうか。

  吉田 崇
  評価:C
  『タイタニック』を見た時に一番心に残ったのは、実は最後まで演奏を続けていた楽士たちの姿だった。この間読んだ『航海』にも、そんなシーンがあった様な気がする。で、この作品、沈みゆくタイタニック号の甲板で最後まで演奏を続けた楽士たちの物語である。
 正直に言うと、上巻までは非常に面白かったのだ。評価で言うとB確定、エンディング、阿鼻叫喚の中で演奏し続ける彼らの想いが上手に描かれていたら、オイオイ出ちゃうかAくらいの勢いで読み進むうち、下巻の半ばでC決定、つまらなくはないが、特筆するべきでもない。
 理由は、個人的な好みで申し訳ないのだが、描かれるべき現在の時間軸に割かれた書き込みの量に比べて、各楽士の過去の物語の方が圧倒的に多過ぎるという点。それらのエピソードはそれぞれ面白いのだが、沈没していく時にキャラクターが生き生きしてなければ、これ、別にタイタニックの上でなくともいいんじゃないのと、そんな気がしてならない。