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さいはての二人

さいはての二人
【角川文庫】
鷺沢萠
定価 420円(税込)
2005/4
ISBN-4041853109


  浅井 博美
  評価:B
   「最後の恋愛小説」という帯の文字を見て胸が詰まりそうになった。
「川べりの道」を初めて読んだときには焦りを覚えた。鷺沢萠が18歳の時に書いたデビュー作だと聞き、もうまもなくでその年齢に手が届きそうだった私は自分の不甲斐なさを実感し、息苦しくなったものだ。
久々に彼女の小説を手に取るのが、よもやこんな形になるとは思ってもいなかった。それにしてもこの新作も相変わらずの出来だ。経験が豊かだからといって良い小説が書けるわけではない。しかし、経験を最大限に生かす力を持っている人もいる。鷺沢萠がまさにそうで、そういう人にはかなわないのである。家族に何らかの問題を抱える人の多くは、恨み節に走るか、ネタにして開き直るかのどちらかだろう。鷺沢萠はどちらでもない。彼女の「経験した者」にしかわからない眼差しは、なぜだか安堵感を与えてくれる。否定も肯定もされないが一縷の望みをほんのちょっとだけ見せてくれる。今からでも遅くはない。まだ未読の方は彼女の著書に手を伸ばしてみて欲しい。彼女が確かに存在したことを伝えたい。

  北嶋 美由紀
  評価:B
  せつなさともの悲しさが心地よい(変な表現だが)読後感である。表題作は互いの悲しみを融和し合うような関わりと、激しさのない、ゆっくり流れる二人だけの時間が気持ちを和ませてくれる。時を経るにつれ、なれなれしくなりがちな男女の関係もマイナスとマイナスを合わせてプラスにしてゆく二人には、過去が明らかになることで一層結びつき深くなり、悲恋を予感させる。収められている三作に共通しているのは「死」と「孤独感」であり、作者の思いが残されているような気がする。人情話の名手である作者は、破滅的私生活の果てに自殺したと聞いたが、この頃すでに死がまとわりついていたのか、死の向こう側にあこがれを潜在的にもっていたのか、と勘ぐってしまう。三作とも絶望で終わるのではなく、ちょっぴり未来への望みをのぞかせてくれるのが、作者のやさしさなのだろう。

  久保田 泉
  評価:AA
  一行一行を、そっと抱きしめたくなるような小説だ。とにかく切ない!涙腺の弱い私など、泣けて泣けて仕方ないのだが、ただの人情本ではない。もの哀しい登場人物の居住まいが、ぎりぎりのところでしゃんとしていく巧みな展開を読むにつれ、涙が感心のため息に変わる。本当に上手い!表題作もいい。美しいが売れない女優の`美亜`と、私生活の見えない謎の男`朴`が惹かれあう。小説としては目新しい話ではない。その話に、鷺沢萠が息を吹きかけると、誰の心にもあるそれぞれの傷あとに、じわじわと染み込んでくる、やさしくて哀しい稀有な小説になる。そして、『約束』『遮断機』の2作品も美しい話だ。
 どの作品も、家族がモチーフ。自分とは全く違う赤の他人を、狂おしいほど想う気持ちが家族という絆を編んでいく。その過程の切ない心の描写が、読み手の心を激しく揺さぶる。もう新作を読めないのが、悲しい。作品を読む限り、誰よりも孤独と対峙する覚悟があったはずなのに、どんな魔に襲われてしまったんだろう。残念でならない。

  林 あゆ美
  評価:A
  人情が細やかに描かれた3編が収録されている。「さいはての二人」は、美亜が出会った朴さんとの情愛が切々とつづられる。だが決してお涙ちょうだいの話ではない。互いの傷口をなめあうような関係になりそうな2人を、非常にうまいところでそうさせずに関係をしみじみ描いていて、ぐぐっとくる。傷をもっていても、自分のことだけを考えないようにしていれば、つながりも居場所も得られるのだという深い安心感がこの短い話にはある。
 人と交わるということは、緊張もうまれ、慣れあいも次第にうまれる。生きていくのにしんどくなった時に、誰かによりかかり言葉をかけてほしくなる。そんな自分の隙は、そう簡単には他人に見せられない。この短編集は、緊張をほぐし、言ってほしい言葉をかけてもらえる。久しぶりに心地よい切なさを味わった1冊で3編それぞれに楽しめる。もうこの作家の新作が読めないのはとても寂しい。

  手島 洋
  評価:B
  3つの作品が入った短編集。勤め先の飲み屋の常連客、朴さんに自分と同じ匂いを感じ惹かれていく主人公の話、「さいはての二人」。自分がかつて母とともに暮らしていた揚げ物屋の主人に会いに行く話、「遮断機」。田舎から上京してきたものの目標を失った若者が子供と知り合いになる話、「約束」。いずれも自分の人生に孤独と欠落を感じながらも、日々の生活をやり過ごしている主人公たちがそれぞれの形で癒される物語だ。そう書くと、不幸を抱えながらも結局は救われる、という安易なハッピーエンドの話と受け取られかねないが、読んでいてそんなことはまるで感じなかった。それどころか、希望の奥にひそむ深い絶望を垣間見た気がして怖くなってしまった。絶望の果てまでたどり着いた主人公が、かりそめでしかないと分かりながら、かすかな希望にすがろうとしているように見えてしかたがなかったのだ。どの話にも必ず「死」がまつわりついているのも、そう感じた一因かもしれない。タイトルの「さいはて」がはまりすぎだ。

  山田 絵理
  評価:A
  3つの作品はどれも素敵なのだけれど、表題作の『さいはての二人』が一番好きだ。26歳の美亜は日本人とアメリカ人のハーフ。家庭を知らず、「お腹に穴が開いているような寂しさを持て余して」いた美亜は、仕事場である飲み屋で朴さんに出会った。「この男(ひと)と私は、似てるんだ……」と、自分の片割れに出会ったかのような、懐かしさに似た気持ちを彼に抱く。題が表すとおり、どこに行くともない二人の時間がせつなく描かれる。
 20代の主人公達は、孤独に慣れたそぶりをみせつつ、心の中では言いようも無い不安を抱えて生きていこうとする。例えば『遮断機』のように、失われた家族との暖かい時間を追い求めたり、『約束』のように田舎で一生を終える自分じゃないと強がってみたり。決まった未来も無く不安定な主人公達に、作者は大丈夫だからと語りかけてくる。人と人とのつながりがあれば、つまり自分を受け入れてくれる存在さえあれば強くなれるのよ、と。3つの短編を通じて送られる作者のメッセージはなんて暖かいんだろう。

  吉田 崇
  評価:C
  へぇっ、この作家こんなに上手だったんだというのが、最初の感想。もっとも読んだ事のあるのは初期の作品みたいで、『ハング・ルース』『少年たちの終わらない夜』『スタイリッシュ・キッズ 』の3作品だけなのだが、当時、今よりもっと生意気だった僕は、「で?」という気持ちで評価はC(読書記録ノートによる。)、今となってはどんな話なのかも覚えていない。
 で、本作品、解説の北上次郎の言う通り、つぼを心得た人情話が3作品、どれをとっても高水準、好みで言えば『約束』が泣ける。落語でも郭話の次に人情話が好きな僕は、このいかにも泣かせられそうな雰囲気の中で、泣くもんか泣くもんかと唇を噛みながらとうとう泣いちまい、ご隠居の印籠のカタルシスじみた読後感を持った。ある程度ベタな設定ベタなオチ、だからこそ安心して泣けるのだし、だからこそ気持ち良く泣かせるのが作者の腕なのだ。
 毎度の不勉強で申し訳ないが、著者がこの世にない事をたった今知った。黙祷。
 あ、『萌』と『萠』と、本当はどっちが正解なのだろう?