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ぼくが愛したゴウスト
ぼくが愛したゴウスト
【中央公論新社】
打海文三
定価 1,470円(税込)
2005/4
ISBN-4120036324

 
  朝山 実
  評価:AA
   上原隆さんのインタビュー・ルポの本『喜びは悲しみのあとに』の中に、打海文三さんが出てくる。実はこのルポを読んでにわかに打海さんの作品に興味をもったのだけど。重い障害を抱えた子を育て、看取るまでが淡々と語られる。打海さんの淡々とした物腰は、重いものを生きてきたあかしでもある。これはある日、そっくりだけど「ちがう」世界に迷い込んでしまった少年の物語だ。元の世界に戻ろうと頑張るのがスジで、まあよくあるパターン。ファンタジックなSF長編小説で、「ゴウスト」とは別の世界の本物みたいなのに違っている家族や心配してくれた人たちのことをさす。出だしはほんわか、中盤は快調なサスペンス。その世界ではありえない特徴を有していたことから主人公は「治療」の必要ありとして、家族から切り離される。このへんの世界の捉え方の叙述がボティブローとなってきいてくる。そもそも「障害」とは何なのか。エンタテイメント作品を通じて、作者はどうしても問いかけたかったのではないだろうか。そう思えてならない。

 
  安藤 梢
  評価:B
   電車の衝突事故を目撃してから、突然尻尾のある人々が暮らす世界に入り込んでしまった僕。その世界は人々が尻尾を持ち、心を持たない(それでもなんら生活に支障はない)こと以外は元いた世界と全く同じなのである。僕は違う生物として、研究の対象とされてしまう。設定は突拍子もなく、変なのに、ぐいぐい引き込まれる。逃げ惑う緊張感といい、帰れない焦燥感といい、惹きつけられるものがある。単なるSFを超えて、妙に現実的に思えるあたりが巧いと思う。僕は子供なのに、どこか冷めていて物分りがいいというキャラクターでそれも話を面白くしている。新しい家族とは外見が同じでも、お互いに別人として接するところが切ない。
 突然移動してきた事件については明確な答えが出ないところが物足りないのと、タイトルが内容と合っていないところが今一つ。

 
  磯部 智子
  評価:C
   パラレルワールドには文学刑事やネアンデルタール人以外にも、まさかこんな人々がいるなんて…。小学五年生の翔太が夏休み初めてひとりでコンサートへ行った帰り人身事故に遭遇する。その日から何かが変わった。さっき母と電話で話したはずなのに母は記憶がないという。それにこの腐ったような匂いは一体何なのだ。そしてもっと決定的なことには「ぼく」以外の家族の体にはあるものがついていて外見はそっくりなのに「心」を持たない人々であった。警察や自衛隊に追いかけられ実験動物のように扱われながら、この迷い込んだ悪夢のような世界から果たして元の世界に戻ることが出来るのか?そういう展開かと思ったのだが、それが思わぬ方向へと。少年が11歳という年齢からは考えられない幼稚な趣味嗜好でありながら言動は年齢を凌いでいると言う現代っ子らしからぬ人物造形に疑問があり、またタイトルの意味にいたる展開が唐突すぎる。だからこの結論なのだと言われればそれまでだが、リアリティがほしい部分にもそれがないため説得力に欠ける。

 
  小嶋 新一
  評価:C
   夏休みに一人でコンサートへ出掛けた帰り、駅のホームで人身事故に遭遇した小学校5年生の「ぼく」。それ以来、何かがおかしくなった。事故で帰宅が遅れると母親に電話しておいたのに、帰ってみたらそんな電話はかからなかったと言う。周りのどの人からもいやな臭いが漂ってくる。鼻がおかしくなった?人身事故の報道がニュースから消えている。そして、駅で出会った男が「ぼく」の目の前に現れる。
 出だしはジュブナイル風SFだが、ストーリーが進むと、もっと話は深くなる。異質な人間を管理下に置いて研究する自衛隊。そこで教官との間にわいてくる奇妙な信頼関係。断ち切られた家族との絆……。結構、重たい。
 パラレルワールドものに似せて、実は……という結末はなかなか面白いが、丁寧に読めば作者の仕掛けたトリックに気が付くかもしれません。

 
  三枝 貴代
  評価:C
   11才の夏、翔太は初めて都心へコンサートを聴きにでかけた。その帰り道、中野駅で人身事故にであった時、なにかがずれたのだ。家族はどこか不自然な顔で笑い、奇妙な匂いがするようになった。自分の部屋も奇妙な匂いがしみついている。別の世界に紛れ込んでしまったのだろうか。
 意図することはよくわかるのです。しかし作家は、描くのにものすごく技術が必要な世界をめざして、やはり力及ばなかったようです。心がない、心がないと書きながら、しかし描かれた人々はどう考えても心のある行動をとっています。「(心がない人の)感情が爆発した」といったような文章を書かれては、こちらも混乱しますし、これでは心のない相手を愛する切なさを描いたとは言えないでしょう。
 それでも、平凡な並行宇宙物では終わらせないぞと踏ん張った志の高さだけは評価したいと思います。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
   以前読んだ『裸者と裸者』がめちゃめちゃよかったのでかなり期待して読んだんだけれど、ちょっと今回はツメが甘かった気がする。同じ子供を主人公にした作品だけれど、『裸者と裸者』の海人とこちらの翔太ではまるっきり性格が違う。自分の力で困難な状況から道を切り開いていくのが海人、どこまでも流されていくのが翔太。これだけ違う性格の少年が描けるというのはスゴイと思うのだけれど。
 だいたいなんでシッポ…? なんで硫黄の臭い…? ラストもちょっと受け容れがたい…。
 後半翔太に重大な転機をもたらす人物についてもその動機がよくわからない。「心がないから」ってそれじゃ動機を説明しない理由になっていないのでは?
 「パラレルワールドには心のない人間たちが住んでいる」という発想はおもしろいと思ったんだけれど。うまくその発想が作品のなかで昇華できていない感じ。
 もったいない気がした。

 
  福山 亜希
  評価:C
   突飛な展開で、深刻な場面でも笑ってしまうような可笑しさのある一冊だった。主人公は十一歳の少年・翔太。控えめで大人しい彼が、勇気をふりしぼって一人で電車に乗り、歌手のコンサートを見に行くところから物語は始まる。帰りの中野駅ホームで、翔太のすぐ近くで人身事故があり、それをきっかけにして翔太は不思議な世界へと迷い込んでしまう。一見今までいた世界と全く同じように見えるその不思議な世界は、人間にはしっぽがはえており、そして彼らは心を持たない。更に人には硫黄のような体臭まであるのだ。翔太は自分にしっぽがないことと、硫黄の体臭を我慢してさえいれば、その不思議な世界での生活を送るのは不可能ではないのだが、そうするにはあまりにもショックが大きすぎた。彼は思い切って自分にしっぽがないこと、そして違う世界から迷い込んでしまったことを家族へ告げてしまう。
物語の設定は、100%理解できるような論理的なものではなかったけれど、物語の展開が、そういう細かいところを気にさせなくする。電車の中でこの本を読んでいて、ふと本から目を上げて車内を見渡すと、実は他の乗客にはしっぽが生えているのではないかと思ってしまうほど、引き込まれてしまった。