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黄金の声の少女
黄金の声の少女
【新潮社】
ジャン=ジャック・シュル
定価 2,310円(税込)
2005/5
ISBN-4105900471
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  朝山 実
  評価:C
   自分の女房について、前衛作家の夫が描いたもの。書かずにはいられない、いい女なんでしょう。ウォーホル、サンローランらが登場する華やかさ。各界の男たちに愛された女神を射止めた、男の自慢話に見えなくもないけど。顔の皮膚の疾病のため、一家で病院を探して回ったという彼女の少女時代。女優として脚光を浴びる今も病に怯えている様子を、静かに見ている眼差しは光っている。しかし、それよりもっといいのは、客席から妻の舞台を眺める場面。好みの髪型の女性客が気になって、顔を見ようと躍起になる。浮き出ている彼の人間味。映画監督の前夫が、彼女を想って遺した散文を見た彼が、女房の小説を書こうと思い立つ劇的な展開よりも、「あなたはモデルが好きなくせに」と妻が詰れば「君のようには同性愛者らに馴染めないさ」と言い返す痴話喧嘩や、ふたりがタクシーの中で無言でいるシーンのほうが、夫婦という退屈さを生きる普遍を覗かせて魅力だった。だけど、だからどうってわけじゃないですが、手にしている最中、似たような二人の顔が浮かんでしょうがなかったのはワタシだけか。

 
  磯部 智子
  評価:A
   ジゴロの恩返し…臆面もなく書かれた「妻」に対するラブレター。普通ならバカバカしいと思う、でもきっと作家はそんなことは百も承知なのだ。確信犯は妻であり女優、歌手でもある「運命の女」イングリット・カーフェンの素晴らしさをあますところなく描きながら、同時に黒子のような自分自身の卑小な自画像を作り上げていく。有名人好きなスノッブな男が登場さすのはビッグネームばかり、映画作家のファスビンダー、デザイナーのイヴ・サン・ローラン、そしてあのアンディ・ウォーホル…その意外なエピソードの数々が綴られる。でも彼らが生きて輝いていた時代は今では過去の記憶であり、色褪せたそれを再構築し愛する「妻」の栄光と共に一冊の本の中に閉じ込めていく。そこでやっと決して読みやすくはないこの作品が優れた創作物である事に思い当たる。ある時代の群像劇であり、失われた時を求めるノスタルジーは同時に極めてフランス的な私小説でもある。そしてこれもまた「愛」なのだとため息がでてしまう。

 
  三枝 貴代
  評価:A
   なぜ戦前の女性スターは、ああも神秘的なのでしょうか。この世に生きていること自体が不思議なほど美しく、不自然で、人工的で、我々の生活から百万光年かなたに婉然として微笑みながら存在している……。
 ここに描かれた女性歌手はイングリッド・カーフェン。実在のドイツ人です。そして彼女の人生を描いたのは、彼女の夫。そこから想像されるのは、神秘的なスターの秘められた生活、人間くさいエピソードでしょう。しかし作者は、いまや丸裸にされたマリリン・モンローについて書いてきた品のないライターたちなどとはまるで違うのです。彼は彼女の美しさをそこなわず、描けば描くほど彼女の魅力が増していきます。言葉の一つ一つが彼女を飾る宝石のように思えます。
 複雑な構成なので好みのわかれるところでしょうが、古い映画を見るのか好きな方には特におすすめ。

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