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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

切れない糸
切れない糸
【東京創元社】
坂木司
定価 1,890円(税込)
2005/5
ISBN-4488012051
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  安藤 梢
  評価:B
   舞台はクリーニング店。父親の急死により、突然家業を継ぐことになったカズのもとに洋服と共に持ち込まれる日常の中のちょっとした謎の数々。クリーニング店に出される洋服には、着ていた人物の様々な情報がくっついているという訳で、ミステリーとしての流れもごく自然である。人殺しや窃盗などの物騒な事件はなく、あくまで好奇心の範囲の中での平和でほのぼのとした事件のみ。そこがまた良い。親友に相談して解決していくというところは、著者の前シリーズと共通するところだ。その親友が何となく他人を遠ざけている存在というところも。登場人物が前作と似ているのは否めないが、それぞれしっかりとした個性と背景を持ち描かれている。カズの社会人としての成長も見逃せない。今どき珍しい商店街のつながりが、温かく心和む作品である。こんなクリーニング屋や商店街があったらいいのに、と思わずにはいられない。

 
  磯部 智子
  評価:A
   子供の頃の話だが、お客に直ぐお茶を出せるようにいつもお湯が沸いていないといけないと訳知り顔でいう店屋の子供は大変だと思った。世界が未だ自分中心に動いている年齢でもう他人との係わり合いを知り、いっぱしの苦労人のようなことを平気で言う。物語は、大学卒業を控え決まらぬ就職、父親の急死、しかたなくクリーニング屋を継ぐことになった和也が、友人の沢田とともに持ち込まれたクリーニング品から日常に潜む謎を解き明かしていくというもの。沢田がホームズの役割を担い、和也がワトソンなのだが、取り立てて華々しい事件が起こるわけでもないのに引き込まれていくのは、『切れない糸』のタイトル通り和也が人と人をつなぐ暖かい人間であり、人の胸襟を易々と(本人は意識しないまま)開かせ、それがあってこそ沢田は自分の洞察力が発揮出来ることを十分知り、自らも心を解きほぐし、又そんな彼らを取り巻く周りの人々がキッチリと書き込まれているから。根のある暮らし、この煩わしさと懐かしさの中にふと取り込まれてみたくなってしまう。作家が入念に取材したというクリーニングの細かい知識も作品に説得力を持たせている。

 
  小嶋 新一
  評価:B
   身の回りに転がっている小さな謎を題材とするミステリが、ここ十数年の間にみごとに増殖し、一つのジャンルをつくった感がある。大げさな殺人事件に毎度出くわしていたら、そのうち食い飽きるよなあ。それもいいけど、もっと知的なゲームはないの?という声が主流派になったのは、きっと日本のミステリが成熟してきたからなんだろう。
 この作品は、そうした流れを汲む一冊だが、謎解きの面白さだけじゃなく、一人の青年の成長物語としても読みごたえアリ。突然の父親の死により、あとを継ぐ気もなかった商店街のクリーニング屋稼業に取り組む主人公。最初は気持ち半分だが、まわりで店を支えてくれる人々の心に触れ、お得意に教えられ、店を背負う決意を固めていく。
 欲を言うなら、全般的に青臭さが抜け切らない書きっぷりが、もうちょっとこなれてくれば……。ステロタイプの天才型探偵の人物造形など、好き嫌いが分かれるんではないでしょうか。僕はぜんぜんOKですが……。

 
  三枝 貴代
  評価:B-
   日常の謎物語ですが、ミステリのど真ん中というよりも、わりと普遍的な中間小説といったおもむきです。
 主人公の設定が魅力的。団体で道を歩いていたとしても、向こうからきた人に道を聞かれる人間、カメラのシャッターを切ってと頼まれる人間は、常に特定の一人です。この主人公は、あらゆるタイプの生き物に、困った時に頼られてしまう特定の一人です。いつも道を聞かれるわたくし(日本中どころか、世界中で道を聞かれました)には、妙に思い当たる、いそうな人物。しかも、この小説を読めば読むほど、そのキャラクター設定に、なるほどとうなずけるものがあります。この作家の人間観察力は相当なものです。
 ただ、プロモーションフィルム出身の監督が作った映画が、捨てカットがないせいで、見ていて息苦しいように、この作家の小説には捨てシーンがなく、わたしのように大量に本を読み飛ばすタイプの読者には、濃度が濃すぎるように感じました。この小説は、むしろ小説を読むのが苦手な読者におすすめしたいです。たった3ページしか読めなかったとしても、必ずそこに気の利いた言葉が含まれますので、控えめな読者にも達成感が感じられることでしょう。

 
  寺岡 理帆
  評価:C
   クリーニング屋が出された洗濯物から顧客の抱えている問題を推測し、解決するというその手法に個人的にまず不快さを感じた。たとえどんなに善意からでも、そんなお店に安心して足は運べない、わたしなら。連作短編の形になっているのだけれど、そのどれもが、相談されてもいない個人的な事情を汚れた衣類から推測して、アプローチをかける手法。それで信頼を得ていく、その展開の仕方になんだか無神経なものを感じてしまったのはわたしだけなんだろうか…。

 
  福山 亜希
  評価:B
   父親の急死によって仕方なくクリーニング店を継いだ息子・新井和也が主人公。クリーニングとして持ち込まれる様々な衣類から事件が展開し、ミステリーの糸が紡がれていく。クリーニング屋はミステリー小説の舞台としては変わった設定だが、クリーニング屋やその他の店が建ち並ぶ商店街の人情味あふれる町の雰囲気と、あざやかな人間模様が、単なる怖いだけのミステリーとは一線を画している。クリーニング屋という日常的な舞台から、すっとミステリーの領域に入るところが、スリリングなのだ。そうかと思うと、ほろっとさせるような情緒にも溢れているから、良い意味で、安心できない物語だ。人情劇とミステリーの織り交ざった、新感覚のミステリーと言えるだろう。クリーニングの知識もふんだんに盛り込まれていて、読み進めながら雑学も吸収できるところが楽しかった。
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