年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2005年9月の課題図書>向田邦子の恋文

向田邦子の恋文

向田邦子の恋文
【新潮文庫】
向田和子
定価380円(税込)
2005/8
ISBN-4101190410

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

  浅井 博美
  評価:B
  「実はゆうべ(略)ふと口ざみしくなって(略)ケーキを買い、(略)夕刊四紙をよみながらムシャムシャやっていたら、五つペロリと食べてしまいました。そのあと、のり茶をたべて、夜食におにぎりを三つ。そしたら、案の定、けさは、オナカがしくしくして、少しピーです。」
…なんてかわいらしい恋文なのだろう!!
向田邦子には、毅然としていて、凛としていて、強くって、非常に正しく美しい人というイメージを持っていた。そんな彼女にこんなにお茶目な一面があったなんて。
しかし読み進めていくと向田邦子とある男性の秘め事は、決してほほえましいものではなく、悲劇的な方へと向かう。しかし書簡の中では一切その様な片鱗が顔を出さないということに、なおさらやりきれなさを感じた。秘め事であるはずの恋文にも自分の弱さをさらけ出せない向田邦子は、やはり毅然としていて、凛としていて、強い人だったのかも知れない。あの屈託のないお茶目さは彼女なりの強さの表し方だったのだとしたら…、と考えると賞賛と哀しさの入り交じった何とも言えない気持ちになる。

  北嶋 美由紀
  評価:C
  きちんと作品を読んだことはないが、ドラマ化されたものはいくつか見た。いつも女性の存在が強い作品だったと記憶している。本書はページ数は少ないが、向田邦子の本質を知らしめてくれるものがある。戦前から戦後が青春期であった彼女は、戦前教育の「長女たるもの」の考え方と、戦後の「行動的で強い女」の両方を持ち合わせそれに生来の頭の良さとポジティブシンキングがミックスして、よい作品を世に出す存在となりえたのであろう。不協和音鳴り響く家庭の中では心身共に要となり、仕事もこなしながらも、ただただ「自己犠牲的な立派な人」で終わらなかった彼女の余裕を感じた。N氏に宛てた手紙は、何も特別なことはないが、自分が見聞きしたすべてを愛する人に伝えたい、知ってほしいという思いと、相手の体をいたわり、心配する細やかさがあふれる。N氏は自殺であったとか。内でも外でも精一杯、一途に生きた彼女にとって、愛する人に存在を拒絶されたことは、どれほどの衝撃であったろうか。
 しかし、このこともきっと作品の肥やしとなったのであろう。やはりすごい女性だったのだなと、今さらながら感心した。

  久保田 泉
  評価:B-
  昭和のテレビ全盛の時代に、人気脚本家として活躍し、後に直木賞を受賞したのが、故向田邦子だ。本著の前半は、多忙を極めた当時の邦子の心の拠りどころとなった、恋人N氏との手紙のやりとりがそのまま載せられている。後半は、邦子の妹である著者の視点から見た、姉の恋や生き方、家族への想いが綴られる。
 邦子は仕事や他者にはもちろん、肉親にでさえ完璧なまでに大人だった。自分の愚痴や悩みは言わず、相手のそれは全部受け止め、一肌脱いでしまう。そんな邦子が、信頼し愛した男とのやりとりの中では、仕事のストレスで食べ過ぎたり拗ねて甘えたりと、ごく普通の女性でほっとさせられる。しかしN氏は既婚者で、邦子はこの恋を完璧な秘め事とし、N氏の自殺で恋は終わりを遂げる。そして邦子は20年前飛行機事故で急逝する。
 潔く前向きな邦子は、家族の影の大黒柱として生きた事をなんら後悔していないだろう。だけどほんの少しだけ違う生き方をしていたら、邦子の人生はどうなっていただろう?とつい考えてしまう。もっともっと生きて欲しかった。

  林 あゆ美
  評価:C
  作家、向田邦子は1981年、取材旅行中に墜落事故で亡くなった。新聞でその事故を読んだことを、20年以上たったいまもよく覚えている。もう新作は読めないんだと思ったのだが、惜しまれた才能は、その後とぎれることなく、様々な形で新刊が出た。今回は妹が、姉の秘めた恋を残された手紙をもとに構成した1冊。
 表紙の美しい女性、開いてすぐに目に入る達筆な文。それらが向田邦子。「姉からもらったものは私の核となり、私の生きる基準になっている」と記した妹は、この秘め事を公開しておいた方がいいと決意したとある。そうしたのは妹自身、その“核”をあらためて日の目を見ることで何かしら確認したかったのだろうか。
 本人に公開の意志があったのか、いまとなってはわからない秘めた手紙を本の形で読むのは、居心地の悪さがつきまとった。私はなぜ、本は本として、と読めなかったのか、自分でもよく説明がつかない。

  手島 洋
  評価:B
  「向田邦子の恋文」というタイトル通り、彼女が恋人に出した手紙を読むことができる。放送作家としての多忙ぶり、それでいながら他の作家の作品を読んで貪欲に学ぶ姿勢、恋人への気遣い、といったものを短い文面から、はっきり読み取ることができる。本物の作家の日常に触れられたような気がして嬉しいような、緊張するような気持ちになった。残念なのは、その手紙がたった5通しかなく、後は彼女の恋人の残した日記と手紙、そして、彼女の妹、和子が姉、邦子を語った文章だということだ。もう少し、いろんな時期の彼女の手紙が読めれば、などと贅沢なことを考えてしまう。
 恋人N氏の日記は病気療養中のときのものということもあって、食事や向田邦子が台本を書いていた番組の感想が中心だ。人に見せない日記だから、ということもあるのか、なかなか辛口でおもしろくないときは邦子にたいして、「粗雑」、「調子がでていない」などと記している。親しい人間からのそんな批判も彼女なら素直に受け止めて、自分の糧にしたに違いない、と勝手に想像している。

  山田 絵理
  評価:A
  一通目の手紙に目を通した時、何かいけないものを見てしまったような気がして、すぐに本をとじてしまった。そこにあらわれたむきだしの気持ちに戸惑った。いっぺんに読んでしまうのは、とてももったいないと思うほどの、飾らない感情があった。
 向田邦子が心に秘めて愛したのは、妻子持ちの男性だったという。そのN氏と交わされた手紙と電報と彼の日記が、活字ではあるが何も変えられることなく収められている。仕事やその日に食べたもの、相手への気遣いなど内容は平凡なのに、お互いを思いあう様が目に見えるようだ。
 遠距離恋愛ではなかったので、多忙にもかかわらず邦子はちょくちょく彼に会いに行っていたようだ。二人の間で交わされた手紙は、今でいえば携帯でちょっとしたメールを送りあうようなもの。だけど、なんでもない内容の裏側にあれだけの思いを込めることはできないだろう。思わず誰かに宛てて便箋に思いをしたためたくなった。

  吉田 崇
  評価:C
  相も変わらぬ不勉強、向田邦子という人の名前は知ってはいても、どんな人柄だとかどんな作品を残した人だとかを僕は知らない。ページをめくってって、中程の写真を眺めて、高校の時の級友のF君と顔が似てるな、と、非常に個人的な思い出に一時浸る。
 で、本書、非常に個人的な、日記だとか手紙だとかから成る作品。へそ曲がりな僕は、これを、著名な脚本家を姉に持ったという設定の女性が、自分の人生の節目に今はなき姉の知られざる過去の懊悩を、まったくもって静かな眼差しで見つめ、結果、『家族』というものを淡い光で照らし出す小説として読んだ。小説として読んだので、この静けさはちょっと食い足りない。だって、ごく平凡な姉だという設定にしたら、この話成立し難いんだもん。死んだ人の残した文字なんて、たとえ、ミミズののたくった様な、まったく意味不明なものだとしても、読む側は何かの意味をそこに見いだそうとする。でも、それは読み手自身が何かに対して安心する為の行為なんだろうという気がする。
 爆笑問題・太田光の解説が、やたらと生真面目なのに驚き、にやっと笑う。

WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2005年9月の課題図書>向田邦子の恋文

| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | お問い合せ |

Copyright(C) 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved