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はなうた日和
はなうた日和
山本幸久 (著)
【集英社】
定価1575円(税込)
2005/7
ISBN-4087747670
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  朝山 実
  評価:A
 さしたるドラマのない短編集。人づき合いが苦手な青年を部下におしつけられ、コミュニケーションをとろうとするのだけど、さっぱり。そんな上司の困りきった顔が浮かんでくるのが、「意外な兄弟」。青年は営業への配置換えを会社の悪意と覚悟している。そろそろ上司も言い渡さなければと腹を決める。そこまでの数日間が綴られる。青年がチャーミングに見えはじめるのは、「電車男」のように恋によって彼が変身を遂げるからではない。彼は彼のまま。見た目なんて変えずに変わる。彼を見ている周囲のありふれた感じもいい。
 もう一編あげると「五歳と十ヶ月」。30過ぎのくすぶっているグラビアアイドルが主人公。嫌気がさしているときに彼女は昔の彼氏と出会う。彼は子供づれで、思い出話をされるほど落ち込みかけるのだけど、作者はここでひねりをいれる。悪意をたくみに表現する作家は多いけれど、こんなにも劇的瞬間の乏しいままに「ちょっといい」物語が描ける作家は少ないだろう。甘い話に仕上げるならこれまた大勢いるけれども。ずらしたタイトルも、さあこれからで終わる、窓を開け放った感じのエンディングにもホッとさせられる。

 
  安藤 梢
  評価:A
 東京の三軒茶屋と下高井戸を結ぶ、世田谷線沿線が舞台の短編集。乗ったことのある人ならば分かると思うのだが、この電車、用がなくても乗りたくなるような何ともいい味を出している電車なのである。そんな電車の魅力もそのままに、ささやかな日常の小さな幸せが描かれている。一編読み終わると、ほっと心が温まる。とりたてて何が起こるわけでもないのに、ものすごく面白い。何気なく交わされる会話の端々にまで神経が行き届いており、個々のキャラクターが浮き立ってくる。大切に大切にすくい上げられたような物語である。なかでもおすすめは、「犬が笑う」。死んだ不倫相手の奥さんが、夫宛てに書かれた手紙を返しにくるという話。内容はドロドロしていそうだが、文体がさらっとしているため重くはない。淡々とした哀しさに胸が詰まる。行き場のない悲しみに苦しみながらも現実を受け入れていく、前向きな終わり方に救われる。

 
  磯部 智子
  評価:B+
 軽妙洒脱な8編の短編、世田谷線沿線を舞台に、平凡な日常の中にある傍目には解らぬちょっとした事件が描かれている。ありがちな話かと読んでいると、思わぬ味付けで微妙に一線を画している。『犬が笑う』は、16年間勤めた会社を辞めた38歳の陸子がスナックで働き始めて3ヶ月。元の上司で病死した不倫相手の妻が今更怒鳴り込んでくる。更に驚く事に元上司は陸子も入れて12人もの相手と不倫しており、しかも全員顔が妻にそっくりだという。これはホラーか?いやいやこれが厄払いになる結末。『ハッピー・バースディー』は定年退職を前に美人の若い女性部下に「殴って欲しい人がいる」と持ちかけられ……ほろ苦さとその後の憑き物が落ちたような爽快感がどの作品にも共通する。其々独立した話でありながら、ふと別の物語の人物が風景のように現れたり、世田谷もなかや超絶戦士(!)がリンクしたり、同じ沿線に住む人々の近くて遠い距離感も見事に表している。

 
  小嶋 新一
  評価:A
 「はなうた日和」とはよく言ったもんだ。なんかいい気分、ちょっと幸せな感じ。まさに人生なんて、はなうたまじりさ。一生懸命やらんとあかんけど、あくせく、ギスギスは勘弁してよお、という生き方がすと〜んとこころの底に落ちてくる。
 不器用に人生を生きるヒト、人生に退屈してどうしようかなあと思ってるヒトが主人公。例えば、犬の散歩代行「イチニサンポ」社の千倉さん。せっかく入った仕事なのに、犬に逃げられ、でもすぐに社長兼奥さんに連絡をつけずに、たまたま出くわした青年と大声で犬の名前を連呼して、行方をよたよた追いかける。が、そうした動きがGPS携帯で奥さんにつつぬけになっていたりするんだなあ、これが。
 そんな彼ら彼女らが、ささやかな幸せをつかむ瞬間を描いた作品集。自分を見つめ、自分自身を確かめ、自信を持っていく。ささやかな幸せを見つける。僕は、そこにちいさな希望を感じる。舞台は世田谷、ここって昔ながらの背伸びしない住宅街なんだろうなあ、きっと。行ったことないけど。
 それと、もう少し読みたいなあと思わせる書き加減、語り口調が絶妙。昨今たっぷり読ませる小説が多い中、書きすぎないところが潔い。もちっと読みたい、まだ読みたい、また読みたい……そんな気にさせてくれる。ああ、気持ちいい、あったかい。

 
  三枝 貴代
  評価:B-
 ちょっと印象に残る話8編が納められた短編集です。平凡な人の、平凡な、しかしちょっとだけ変わったできごと。その変わり加減は、いかにもありそうな程度以内です。たとえば、愛人がみんな本妻にそっくりだったといったようなエピソードは、今までにいくつもの作品で読んだ記憶があります。現実にしばしばあるせいでしょう。頭の中で作り上げた意外性だけを求めた非現実的なサプライズではなく、ある程度の根拠のある話を書いているように思えます。きちんとした文章と無駄のない構成で、破綻もなく、本当に綺麗にまとめられているのです。まだまだ新人の作家さんですが、ちゃんとしたプロの仕事だと思いました。
 ただ、あまりにまとまりすぎているのです。このよくまとまった作品のどの部分を壊して新しい一歩を踏み出していくのか、今後が勝負といったところでしょう。

 
  寺岡 理帆
  評価:B
 世田谷線沿線を舞台に、普通の人生のちょっとした場面をうまく切り取った短編集。ときにはユーモアたっぷり、ときにはしみじみ、なかなか上質だった。どれもこれも読みやすくってストーリーは共感を呼び、さらに世田谷線や世田谷もなか、超絶戦士キャタストロフィンなど、連作短編っぽい小さなリンクにちょっとニヤリ。過剰でないサービス精神、過剰でないシンプルな文章、バランスが取れてるなあ、という印象。
 ただ、キツい言い方をすれば、これを誰が書いたか、というのは、きっとしばらく経つと記憶には残らない気がする…。こういう作品、読んでいるときはおもしろいんだけれど、他にないかといえばそうでもない。
 ラストの作品はしみじみとものがなしいのだけれど、そのしんみり感が薄れた後、なんとなくもの足りない気持が残ったのが残念。

 
  福山 亜希
  評価:A
 各短編の登場人物は皆、幸せからは少し遠い距離にいて、大怪我はしてないにしろ、人生にちょっとだけつまづいてしまったような人たちばかりだ。それは、大人も子供も関係ない。人生のスタートラインにたったばかりの子供でも、立派に心に傷をかかえている。でも、そんな登場人物たちの心の中はとても純粋で、世の中に対して無垢なところがあって、周囲の変化に敏感で、これからいくらでも成長していけることができそうな、そんな下地を自分の中に持った人たちばかりだ。そんな登場人物を描いた作者の、ものごとをみつめる視線は、とても繊細なのだろうと思う。私は、てっきり作者は女性なのだとばかり思っていた。登場人物の女性を、女性そのものの視点で描いていて、これを男性が書いたものとは到底思えなかった。
男性が描いた女性的で繊細な視線の物語は、心の中で時間をかけてゆっくり熟成していくような、深みと苦味が絶妙だった。


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